いろいろな企業が、早期退職優遇制度を導入しています。ということは、60歳が近くなると、役職定年も過ぎてあまり仕事もしないのだろうと考えるとこれは大きな誤解です。90年代以降、ポストバブルの15年間で、日本企業は、かなりスリムになりました。日銀の雇用判断D.I.を見ていると、大企業の一部には、まだ人員余剰感があるものの、中小企業については、昨年の秋から人手不足になっています。また大企業の早期退職優遇制度は、ミクロ的な余剰人員対策、あるいはポストバブル期の緊急避難的な性格が強く、人的資源管理的な性格は希薄です。
まとめていえば、「企業を退職する中高年は仕事をみつけやすいが、中高年が退職した後の企業は、採用が難しい」という、ちょっと不思議な現象が起きはじめているのです。
技術伝承の危機
このような現象は、企業に深刻な問題をもたらしはじめています。それは、中高年が退職すると、仕事のわかる人間がいなくなってしまうという点です。
今の中高年層の多くは、昔のような窓際族ではなく、専門職として一定の役割を果たしています。とくに技術系、技能系でこの傾向が強いと言えるでしょう。20世紀最後の10年から今世紀初頭にかけて、企業はコスト削減を目的として採用を制御しました。この結果として、今の中高年には、自分の技術や技能を伝える相手がいなくなってしまいました。自分達の雇用を守り、事業を円滑にすすめていくためには、彼ら自身が技術や技能を保持し続け、それによって会社に貢献していく必要があったのです。
このような現象は、製造部門に限る話ではありません。たとえばシステム部門では、ベテランがいなくなると、大型コンピュータで構成される基幹システムの運用が難しくなるだろうと言われています。日本のコンピュータ・ユーザーの特徴は、能力が高く、メーカーにあまり依存せず、自分たちの意志を強く反映したシステムを構築してきたことです。そしてそれ故にユーザー各社のシステムには独自性がある為、ユーザー企業のシステム部門の社員でなければ手直しできないというものも多いのです。そしてそのような役割を担っているのは、システム導入期から係わり続けているベテラン社員です。彼らが退職すると、システムは機能停止に陥るかもしれません。
このような事態を自覚した企業は、技術や技能の伝承を計画し、実行に移しはじめています。とはいえ、15年の空白は大きく、一朝一夕で伝承が実現できるものではありません。時間が必要です。このため、技術や技能を有する社員を何らかの形で企業に残し、伝承をすすめていくという方法が採られることになります。
思い返せば、企業の定年が55歳から57歳に伸びたのは、主に人手不足の為でした。現在の60歳という法定年齢は、雇用確保を目的としています。そして65歳までの雇用延長は、年金支給開始年齢の問題とセットになっています。しかし現実のほうは、55歳が57歳になった時と似ていて、企業が社員を手放せなくなりつつあるのです。