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第14回 人材のバリューとプライス−その6
2005年8月
武藤泰明

 ITスキルスタンダードのような、ひろく公開されている職務能力基準を使うことには、メリットとリスクがあります。メリットの第一は、社員の能力が、社内で高いか低いかではなく、社会全体の中で、どの程度のレベルなのかがわかるという点です。たとえて言うなら、職能資格制度は「校内模試」であるのに対して、ITスキルスタンダードは「公開模試」であり、受験と同じように、社員の専門能力の「偏差値」がわかってしまうということなのです。

 第2のメリットは、何ができるようになればランクが上がるのかが明確だという点です。ITSSの要件表には、何ができればどのランクかというのが、かなり詳細に記されているので、ランクアップの目標が立てやすくなっています。その意味では、公開されている職務能力体系は、人材の能力を測定するだけでなく、人材の育成にも資すものとなるでしょう。

 リスクは、人材の世間相場=市場価値が決まってしまうのではないかという点です。たとえば、賃金は、人材の価値によって決まるものだとします。そしてもしそうであるとすると、ITスキルスタンダードで、ネットワーク・スペシャリストのレベル4に評価された人の賃金は、勤めている会社によらず、同じ額に調整されていくものと思われるのです。またしたがって、市場価値よりも低い賃金しか払っていない会社からは、人材が流出してしまうことが懸念されるところです。つまり、人材の価値を、産業界全体の共通的な基準で測定するということは、この基準に対応するような、共通の賃金水準が生まれることをおそらく意味しているのです。

 では、本当にそうなるのかというと、おそらくそうはならないと私は考えています。なぜかというと、働いている人々が、自分の専門性のレベルを上げようという動機を持っているからです。

 2つの会社の例で考えてみましょう。A社はレベル4の能力を持つ人に、800万円の年棒を提示します。これに対して、B社は、600万円です。それにもかかわらず、B社が選択されることがあり得ます。そしてその条件は、B社が

  • レベル4の人材に対して、より上のレベルに上がっていけるような、人材育成プログラムを持っている、教育熱心な企業であること。
  • 実際に、レベル4より高いレベルの能力を必要とするような仕事の機会を、数多く用意できる企業であること。 のふたつなのです。

 この例が示しているのは、人材のプライスは、人材のバリューだけでは決まらないということです。もう一つ、重要な要素があったんですね。それは「会社のバリュー」なのです。人材育成に熱心で、充実した仕事の機会を提供できる、「社員からみて価値(バリュー)のある会社」は、市場価値より安く、よい人材を得ることができるでしょう。そしてこのような会社で働く人々は、短期的な経済利得を超えた価値を手に入れることができるのです。(この項おわり)



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