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第6回 労働需給の行方(その4)
2004年11月
武藤泰明

 社員の能力向上の第二の手段は、「すでに能力の形成された人材を外から連れてくる」ことです。そのための方法は、社員の中途採用や人材派遣の利用などです。アウトソーシングも、これの応用問題と考えてよいでしょう。社員を育成して活用するのではなく、仕事そのものをまるごと他社に委ねれば、教育や能力向上は自社の問題ではなくなり、成果だけを得ることができます。

 ここで考えてみたいのは、中途採用や人材派遣を活用するとして、では、このような外部人材の能力は、そもそもどのようにして形成されるのだろうか、という点です。

 これについての答えは3種類あります。第一は「他の会社」です。中途採用者に即戦力を期待するというのは、その人の前職での経験、前職で形成された能力を活用したいということです。

 第二は、個人が自分自身を再教育するというものです。日本は能力主義というよりまだまだ年功序列型雇用制度の国ですが、欧米はどちらかというと「職種別資格主義」であり、ある仕事につくと、業績で年俸は上下しますが、事務職で採用された人が部長に昇進したり、経理で採用された人が営業に配転になったりというような異動は、あまり見られません。日本と違って内部労働市場もないので、ある分野の社員が大量に解雇されると同時に、異なる専門能力を持つ人を大量採用するというようなことが、とくに米国ではよく見られます。そうなると社員個人は、よりよい待遇を求めて、あるいは解雇されて仕方なく、時代が要求する職業能力を形成するための教育を、自分で費用を負担して受けようとするのです。そしてこのような教育は、米国では大学(および大学院)で多く提供されています。米国の大学は日本と違い、職業人を育成するのに直接的に貢献しているといえるでしょう。

 そして第三が、人材サービス会社による教育です。人材サービス会社にとって、人材は言うなれば商品なので、製造業が製品の高付加価値化を目指すのと同じように、教育によって人材に価値を付与しようと考えます。

 さて、能力向上の目的は、「日本の労働力の能力水準が高い」だけでなく「この能力が発揮されて高い生産性を実現すること」なのだとすると、個人の能力向上とあわせて重要なのが、「個人の能力が無駄なく活用される」という点です。高い能力を持っている人が倒産で失業していたり、専門性と関係のない仕事にたずさわるというのは、社会的にみれば大きな損失です。外部労働市場は、専門的な能力を主な観点として、人材と企業との、マッチングを行う場です。また人材派遣会社は、ある能力を持った人材に、その能力を活かして働ける場を提供します。派遣先でその専門能力に対する需要がなくなれば、つぎの勤め先を見つけてくれるでしょう。その意味では、人材派遣会社が行っているのは、外部労働市場におけるマッチングの一つの形態だといえるでしょう。

 この連載の出発点に戻るなら、日本経済の構造的な弱みの一つが労働力不足です。したがって、少ない労働力が「教育育成」されると同時に需給の「ベストマッチング」が行われなければ、おそらく経済成長を実現することはできません。その意味では、伝統的な内部労働力市場は雇用者を保護するものではあっても、同時に日本経済の全体最適と逆行するものになりつつあるといえるのでしょう。



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