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第5回 労働需給の行方(その3)
2004年10月
武藤泰明

 労働力減少局面を迎える日本にとって、経済成長の鍵は生産性の上昇ですが、日本を含む先進国では産業の知識集約化がすすんでいるため、生産性の上昇は「個人の能力向上」に依存する度合が高くなります。では個人の能力はどのようにすれば高まるのか、というのが今月のテーマです。

 能力向上の唯一の手段は教育です。たとえば、明治期の日本がきわめて短期間に欧米に互していくだけの経済力を形成できた理由の一つは、江戸期においてすでに、初等教育のインフラが形成されていたことでした。

 しかし、技術革新が急速に進む現代においては、子供や若年層に対する学校教育が職業能力形成に貢献する度合は、相対的に小さなものになります。そしてこれにかわって役割が大きくなるのが社内教育です。

 問題は、社内教育が短期的にはコストであり、企業収益にとってはマイナスの要因になるということです。固い言い方をするなら、社内教育は、短期と中長期の収益について、トレードオフの問題を生み出すということになるでしょう。加えて、労働力の流動率が高まる時代にあっては、教育した人材が自分の会社の将来の収益に貢献するという保証はありません。また技術革新がその次の技術革新によって急速に陳腐化していくという前提の下では、社内教育に要する期間も短縮し、早急な「戦力化」を図ることが不可欠になります。のんびりしていると、コストをかけて形成した能力が、教育が終わった頃には、すでにあまり役に立たなくなっているということもありうるからです。

 このような問題を解決する手段は、第一に、教育研修を短期化することです。長い時間をかけて「名人」を育成するのではなく、教育の達成目標を定め、そこに到達するためカリキュラムとマニュアルを整備し、社員を一気に戦力化してしまうということです。

 言うのは簡単ですが、これはかなり難易度の高いテーマです。また、このような仕組みができれば、教育コストは低下し、短期戦力化が実現できるので、前述したような「短期収益と中長期収益のトレードオフ」という問題は解決するのですが、そのかわり、「教育ノウハウ形成コストと企業収益」という、別のトレードオフが生まれることになります。また、この「教育ノウハウ形成コスト」は、企業規模にかかわらず一定であると考えられるので、教育の対象となる社員数が少ない企業にとっては不利になるでしょう。一般的に社員教育システムが充実している産業とされるのは製造業、スーパー、あるいは外食などですが、共通点は、教育対象となる人数が多いという点です。これらの産業では、教育ノウハウ形成にコストがかかったとしても、一人あたりのコストが小さいので、固定費としてのノウハウ形成コストを回収することができるのです。



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