多能工のメリット
産業社会の特徴の一つは、分業と専門化です。これによって、高い効率と生産性が実現され、経済が成長してきました。企業の組織編成の原理も、基本となるのは機能(職能)・・つまり専門性によるものです。
しかし日本には、この原理に反する組織編成を行って大成功をおさめた産業もあります。それは自動車産業です。日本の自動車の生産工程では、多能工が基本でした。
では、なぜ日本の自動車産業では、生産従事者が多能工になったのか。理由は、生産量が少なかったからです。生産工程別に専門的な要員を配置しても、その人たちが働き続けるだけの業務量がなかったんですね。仕事がなければ、専門性と生産性は両立しません。だから一人が複数の工程を受け持つことになりました。いうなれば、仕方なく多能工になったのだということです。
しかし、この多能工方式には、意外なメリットがありました。それは、誰かが急に休んでも、かわりの人を配置しやすいということです。一人の工員が1種類の工程しか受け持てないとすると、その人が休むと、同じ工程の人がその仕事を受け持つことになります。その工程を担当できる工員に余裕がなければ、生産量は減少するでしょう。他の工程の要員は余ることになります。しかし、工員が多能工だとすると、休んだ人の仕事を、誰か別の工程を受け持っていた人でこなすことができます。
ホワイトカラーでも有効
多能工化が生産性の向上につながるのは、工場だけではありません。ホワイトカラーでも同じです。ホワイトカラーの職務も専門化と細分化が進んでいるので、一つの職務あたりの業務量は減少する傾向にあるものと考えられるからです。また時期による業務の繁閑の問題もあります。人事部は採用や新卒研修、あるいは人事異動の時期が忙しく、財務は予決算、総務は株主総会というように、仕事には部門によって業務量の山や谷があるのが一般的です。そうだとすると、山を迎えた部門を、谷になっている部門の多能工(『工』ではありませんが)が応援してこなすというのが合理的な解決策になります。
専門性と生産性の両立
では、ホワイトカラーはどのようにして多能工、というかマルチプロフェッショナルになるのか・・つまり、複数の専門的な職能を持てるようになるのか。一時的な応援、あるいは前回示したような、ローテーションという方法もありますが、もう一つの現実的な選択肢は兼務するというものです。兼務は指揮命令系統が複雑になるので嫌がる会社も多いように思います。それに、専門化という基本原理に反しています。しかし、兼務する社員の潜在的な能力が高ければ、個人の複数の専門性の向上と会社の生産性を両立させることができます。