今回は「完全雇用」という、マクロ経済学の基本的な概念のひとつを紹介します。話題としてはちょっと固いんですが、言いたいのは、日本の失業率が、すでに危機的(?)に低いのではないかということ。
二つの「完全雇用」
完全雇用は、常識的、あるいは古典的には「働きたい人がすべて働いている状態」を指します。とはいえこれは、失業率が0%になることではありません。いわゆる自発的失業、あるいは転職を目的にして一時的に仕事がない状態になっている人は、つねにある程度いるからです。では、こういった人々を失業者にカウントするとして、完全雇用状態の失業率は一体どれくらいなのか。諸説あるのですが、よく言われるのは2%、あるいは3%です。これを完全雇用Aとしましょう。
完全雇用のもう一つの考え方は、その国の経済の実力から必要な労働力を割り出すというものです。経済力の割にGDPの成長率が低ければ、失業率が高くなります。潜在的な成長率が実現されていれば、経済力に応じた雇用が実現されるので、これを完全雇用と呼ぼうということです。OECDがこの方法で各国の「完全雇用状態の失業率」を計算しているのですが、国によって大きな差があります。たとえばスペインは15%でイタリア、フランスが10%前後。つまり、これらの国では経済が抜本的に変わらない限り、失業は多いままだということになります。これを完全雇用Bとします。
日本の失業率は決定的に低い
日本ではこのBの失業率が1980年代は2%前後だったのが90年代末に急に上昇して4%になりました。その後は経済が回復しているので3%台に低下していると思われるのですが、実際の失業率も3%台後半から4%程度に下がってきています。ですから、完全雇用Bが、ほぼ実現できているということができるでしょう。
問題は、日本はBが低いので、経済が活性化すると、BがAに限りなく近付いてしまうという点です。つまり働ける人がいなくなる。スペインやイタリアならそういう心配が幸いにも(?)ありません。換言すれば、4%という失業率が高いか低いかというと、決定的に低いんです。一時、5%の失業で大変だと考えていた時期もあったのですが、これもかなり低い水準―労働需給から言えば「危険なほど低い」状態だったのだということができるでしょう。
人件費は高騰しはじめる
常識的には、これだけ労働需給がタイトだと賃金が上昇するのですが、マクロ的にはむしろ下がっています。この理由は、平均賃金水準が高く、かつ人数の多い第一次ベビーブーム世代が引退の時期に入り始めたためです。この「山」が過ぎると、平均賃金の押し下げ要因がなくなるとともに、本格的に労働力が減ることになります。したがって、数年のうちに、人件費の急騰がはじまると考えておくべきでしょう。