権限委譲だけではない
企業経営、とくに人事分野では、エンパワーメントを日本語にすると権限委譲になります。ただし、もともとは政治学の用語で、開発援助を受ける国の人々、あるいは先進国内のマイノリティの人々などが本来持っている能力を引き出し、自立的に生活していくための権限を付与することを意味しています。市民参加による意思決定、地元主導の地域振興策の立案や実行も、エンパワーメントと呼ばれることがあります。要は権力のある人や政府がトップダウンでものを決めるのではなく、ボトムアップで意思決定する、あるいはボトムに居る人々の意志を尊重するのがエンパワーメントです。
なぜ「権限委譲」になったのか
米国の企業はトップダウン型、日本はボトムアップ型だとよくいわれます。また、日本企業の強みは、人にかかわるものが多い。それも経営者や幹部だけでなく、従業員が企業の強みの源泉になっています。日本企業にはモチベーションの高い従業員が多く、そのモチベーションを活用する方法、そしてモチベーションを引き出す手段になっているのがボトムアップ型の意思決定システムなのです。
米国企業は1980年代から日本企業の研究を真剣に行い、その成果はリーン生産システムなどに結実していますが、ボトムアップ型の意思決定、あるいは提案システムなども広く取り入れられ、その結果として、エンパワーメントに権限委譲と言う新たな意味が付与されるようになりました。
日本と米国では、やはり違う
ただ、米国のエンパワーメントと日本の権限委譲は、同じものに思えないことが多くあります。たとえば、リッツ・カールトンホテルの従業員は、顧客満足を実現するために2000ドルまでなら使っていいということになっているとか、百貨店のノードストロムでは、店員が顧客を追いかけて空港までタクシーで品物を届けた、あるいは自分の店で品切れになっている商品を近くのライバル店から買ってきて顧客に渡したとか、そんなことが典型的なエンパワーメントのようなのですが、日本では、これらを権限委譲と呼ぶことはないでしょう。
日本企業が社員に委譲するのは、会社を動かす権限なのです。たとえば、ルールを作る権限、みんなの仕事のしかたを提案によって変える権限などが該当します。そして認められたルールや作業方法は、あらたな標準プロセスとして機能します。したがって、権限委譲が社員の行動の多様性をもたらさないというのも、米国のエンパワーメントと大きく違う点の一つです。どちらの権限委譲がスケールが大きいか。言うまでもなく日本です。米国企業は、実はあいかわらずトップダウンなのだということができるでしょう。