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第19回:ダブルループ学習
武藤泰明

学習についての誤解

 現代の企業社会において、誤解の多い言葉の一つが「学習」です。英語ではlearning(ラーニング)。どんな誤解かというと、「お勉強」だと思っている人が多い。たしかに、普通名詞としての「学習」は、「お勉強」です。文部科学省的にも、学習塾の世界でも、学習は「お勉強」。でも人事や人材開発の分野で使う「学習」は、心理学の用語なので、その意味は「お勉強」ではありません。

 では何かというと「経験に基づいて行動やその前提になる認識の枠組みを変えること」を指します。ネズミを迷路に入れて、出口から外に出るまでの時間を測定すると、最初はとても時間がかかるのだけれど、そのうち短時間で出られるようになる。どっちへ行くと行き止まりなのかということを、完全ではないけれど試行錯誤の結果知るようになり、だんだん時間が短くなります。これが学習の一つです。

 最近よく言われる「学習組織」も、したがって「お勉強する組織」ではありません。経験とその結果を組織構成員にフィードバックして、つぎの行動をより的確なものにできるような組織を指します。普通名詞を専門用語として利用すると、「学習=お勉強」というような混乱が起きやすい。

2つの学習

 ダブルループ学習というのは、専門用語としての学習にも2つのレベルがあることを明らかにしたものです。第1ループは、普通の学習…つまり、目標や課題が予め定められていて、この目標に向かうための最適行動を、経験の中で獲得していこうというものです。企業の日常的な行動は、この「第1ループ型学習」中心に構成されています。

 これに対して第2ループのほうは、目標そのものがそれでよいのかどうか、あるいは学習プロセスをもっとよくすることができるんじゃないかということを、学習の中で検討・改善していくプロセスです。上述のネズミの例で言えば、迷路をより短時間で通り抜けていくのが第1ループの学習。第2ループのほうは、たとえば迷路の外側を通れば近道があるんじゃないかと考える。最近流行りの「ブルー・オーシャン」との係りで言えば、伝統的なサーカスでどうやって観客を増やしていこうかというのが第1ループ。そして、動物のショーをやめればコストが劇的に下がるので、人間のショーだけにして、価格もむしろ上げて大人が楽しめるものにしようというアイデアにつながっていくのが第2ループです。

 企業の人材育成は、基礎的なものは全社で人材育成部門が担当し、専門的な内容は事業部門に委ねるというのが一般的です。しかしこれでは、達成できる成果は、せいぜい「第1ループ」どまりで、習熟はしても、現場のプロセスやオペレーションをより良くしたり、もっと進んで、新しい方法やスタイルにたどり着くことは、おそらく難しい。事業部門の日常を超えるような改革は、出てきにくいということができるでしょう。これを補完し、会社のレベルを一段上げていくようなダブルループ学習を企画し、実行する、あるいはこれを支援していくことが、全社の人材育成部門の大きな課題なのです。

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