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第15回:企業知と普遍知
武藤泰明

長期雇用の意義と限界

 企業知と普遍知は専門用語ではなく、私の造語です。意味としては、企業知は「その会社でだけ役に立つ知識」。普遍知のほうは「どの会社でも(あるいは会社でなくても)役に立つ知識」。たとえば、経理部の社員が持っている会計制度についての知識は普遍知で、その会社の管理会計のルールについての知識は企業知ということになります。またしたがって、普遍知という土台の上に、企業知が積み上げられているということもできるでしょう。

 長期雇用とは、企業知を積み上げていくものだということができます。同じ会社に長く勤めていれば、生産機械の癖もわかるし、取引先の行動も読めるようになります。したがって、長期雇用による能力向上の多くは、企業知によって構成されているのです。

 問題は、土台にある普遍知が、がらっと変わってしまうことです。製造業であれば技術革新。経理部門であれば会計制度改革。どの会社でもつねに経験していることですが、問題は、普遍知という土台が変わると、その上に積み上げられてきた企業知の多くが、役に立たなくなる、通用しなくなってしまうという点です。

 このような場合、企業は社員の知識を有効なものにし続けるために教育訓練を行い、社員は社員で自分の土台を崩さないようにするために自己啓発、学習を行ってきました。つまり、会社も社員も、コストを支払っているということです。

 一方、中途採用で入社した社員は会社の中のことはさっぱりわかりませんが、反対に、最新の普遍知を有している人材を採用することも可能です。企業知の土台が普遍知なのだとすると、土台がなければどうしようもないので、企業は今いる社員を再教育して新たな普遍知を付与することと、最新の普遍知を持った人材を中途で採用することのどちらか(両方ということも多いでしょうが)を選択します。社員は自分のエンプロイアビリティ(その会社で雇用され続けるための能力)を高めるために、普遍知の「更新」に努力しようとすることになります。

再教育の合理性

 そうなると次に起きる問題は、社員が普遍知を高めると、「他社で雇用される能力」という、もう一つのエンプロイアビリティが高まってしまうという点です。すなわち、普遍知の維持向上を目的とする社員教育は、コストをかけて離職可能性を高めるという、アンビバレント(二律背反的)な問題を内包しているのです。

 じゃあどうすればよいのか。結論は、「企業は、普遍知を高めるような教育能力を持ち、社員教育にコストをかけるべきである」というものです。理由の第一は、このような教育能力を持つ会社は、中途採用しようとする人材の普遍知を評価することができます。つまり、即戦力に近い人を見分けることができるのです。第二に、教育によって多くの社員に普遍知を付与することができるとすると、人材の再配置が容易になるとともに、多少の脱落にも耐えることができます。そして最も重要な点は、第三に、初心者を採用しても教育できるという点です。すなわち、極論すれば「教育能力の高い会社は、採用する人材の質を問わない」ということになるでしょう。教育力が問題を解決するのです。

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