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第11回:随伴移動…少子化、定住化と女性の就業機会
武藤泰明

 人口問題について日本の課題は高齢化と少子化なのですが、厚生労働省によれば、昨年(2006年)の出生数は少し回復した模様です。とはいえ、少子化というトレンドは変わらないというのが同省のコメントでした。いずれ日本の人口は1億人を下回るようになります。現在がおよそ1億3000万人なので、毎年の減少数はそう多くないのですが、塵も積もれば山となる…というよりその逆で山は低くなっていきます。何十年も同じ現象が続くと、その影響はきわめて大きくなるということです。

 もちろん、超長期的な予測は、最近の傾向の延長線上にあるとは限りません。たとえば日本がひろく移民を認めるようになれば、人口構成は劇的に変わるでしょう。この例は制度によるものですが、制度が変わらなくても、長期間のうちには大きな変化が起きる可能性があります。

 今回紹介するのは、少子化を抑制するようなちょっとした兆候です。先に結論をいえば、この兆候は少子化を抑制するだけでなく、女性の働き方を変えるものになるかもしれない…というより、女性の働き方が変わることによって、少子化が抑制されるのではないかと思っています。

 データの出典は、社会保障・人口問題研究所が実施している人口移動調査。国勢調査と同様に5年に1回実施されており、詳細の結果で最も新しいものは2001年の調査です。ちょっと古いといえば古いのですが、長期のトレンドを確認するためには大きな影響がありません。

 この調査で面白いのは、転居の理由を調べている点です。理由にはいろいろありますが、その中で注目したいのが「随伴移動」。何かというと、親や配偶者(多くの場合夫)の転居に「ついていく」というものです。そして、1996年から2001年にかけて、女性の転居の理由の中で、随伴移動が、24.2%から14.8%に落ちています。この変化は、かなり大きいものだといえるでしょう。

 では、女性は何に「随伴」するのかというと、考えられるのは親や配偶者の転職や転勤だと考えられます。そこで次に男性の転居の理由の変化を見てみると、仕事上の理由による転居は、同じ期間に24.0%から18.6%に落ちています。低下の度合いは女性の随伴移動より小さいのですが、それでも変化は小さくありません。このことから想定されるのは、男性の転勤や転職が減少し、結果として女性の随伴移動も減少しているのだろうという点です。

 ここで、少子化社会が日本人の転居にどのような影響を与えるのかを考えてみましょう。まず、少子化社会とは長子(長男、長女)社会です。彼ら長子は、親が居を構えている地域から「動かない」可能性が高いものと思われます。必ずしも同居はしないかもしれません。長子どうしで結婚すると親が2組で子供は1組になるので、どちらかの親と同居すれば他方は余ることになる。とはいえ親と近いところで暮らす可能性は、次男や次女などに比べると高いといえるでしょう。

 こう書くと、日本の人口は首都圏に一極集中しているという反論があります。この意見は、子供は実家を離れて東京に出てきているはずだというものです。しかし同じ人口移動調査を見ると、日本人は、かなり高い割合で自分が生まれた都道府県で暮らしていることが分ります。要は、少しの人が首都圏に移動するだけで、東京から見ると一極集中に見えるということなんですね。換言すれば、日本人は一般的な理解とは違い、かなり定住しているということです。そしてこの傾向が、長子社会化によってより顕著になる…という仮説、展望を持つことができるはずです。

 定住化がすすむということは、世帯主が職業上の理由によって遠隔地に転居しなければならないという状況が減るということです。そしてそうなれば、女性が世帯主に「随伴移動」しなければならない確率も低下します。これは非常に重要で、なぜなら、女性にとっては「世帯主の都合によって転居し、同時に自分の職業を失う機会が少なくなる」ことを意味しているからです。

 これは女性にとって、仕事が継続しやすくなることを意味しています。そしてそうだとすると、仕事を続けたいと考える女性も多くなるでしょう。つまり、少子化は定住化を媒介項として、女性の就業と能力の発揮機会を高めるのです。

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