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第10回:メンター
武藤泰明

 若者はなぜ3年でやめるのか、という本がベストセラーになっています。大卒が3年で3割やめる。高卒の離職率は、もっと高い。

 会社から見ると、やっと仕事を覚えて、いわばこれからが「投資回収」だという時にいなくなってしまう。非効率です。しかも大体は突然なので、かわりを急には手当てできないというのも問題だといえるでしょう。

 日本と米国の大卒ホワイトカラーの、今勤めている会社での平均勤続年数を比較すると、若いうちは日本が長く、米国は短かかったということができます。意外なことに、中高年になるとこれが逆転します。日本の中高年の転職にはグループ会社への出向や転籍が含まれているので、実態を厳格に比較することは難しいのですが、米国の若者が頻繁に転職するのは事実です。

 そして、それでよいのだという意見もあります。理由は、いくつかの会社を経験して、自分に合っている会社を選んでいるからというものです。だから中年以降の米国人の平均勤続年数が長いのだと言われると、ちょっと説得力があります。米国では社会も「第二新卒」を昔から許容しているんですね。

 ひるがえって日本では、かつては新卒で入社した会社をすぐやめる人は少なかったし、そのような人を雇おうという会社もあまりありませんでした。だから若い人は会社をやめにくかったということができるでしょう。おそらく、企業が前回の人手不足の時期…1980年代後半、要はバブル期に、第二新卒も受け入れることにして、採用の通年化も手伝ってこれが定着したので、若い人が会社をやめ易くなっているのです。

 上述のように、転職によって、本当に自分に相応しい仕事にめぐり合う可能性が高まるなら、それでもよいのかもしれません。でも直感的には、どうもそうは思えない。そういう人もいることはいるのだろうけれど、おそらく「多数派」は、何かで困難に直面し、会社の縦のラインの中で相談相手もいなくて、いわば消去法で退職を選んでしまうのではないか。そしてそうだとすると、役に立つのがメンターです。

 メンターとは、会社の中で、所属する組織の外から、いわば「目をかけてくれる」人を指します。

 この連載の第1回にホーソン実験をとりあげたのですが、この実験が証明したのは、人は注目されていると感じると前向きになれるという点でした。これは、ホーソン実験が対象としたブルーカラーだけでなく、大卒のホワイトカラーにもあてはまるはずです。

 組織の縦のラインは、人材育成の装置でもあるのですが、同時に基本的には指揮命令と評価を目的にしています。そして最近の日本では、とくに成果主義と評価のために、縦のラインが、ちょっとぎすぎすしているように思います。したがって、ラインとは離れて、いろいろなことを教えてくれたり、相談に乗ってくれるメンターの役割が重要になってくるのです。

 会社がメンターに期待するのは、第一に若手社員の離職率が低下するという即物的なものですが、第二に、あまり本質的でない理由による離職を回避することは、社会的にも意味があります。ちょっと考えてみてほしいのは、そんなにも若い人々がやめたくなるような会社だらけの国で、経済がこんなに発展するはずはないということ。もちろん問題がなくもない会社もあるのでしょうが、今日までちゃんとやってこられた会社は自信を持っていい。

 第三に重要なのは、メンター制度は、メンターを引き受ける先輩社員自身にとっても、教育・育成の機会になるという点です。自分が選ばれたことによってモチベーションが上がるでしょうし、メンターも話し相手が欲しいかもしれない。教えることによる「振り返り」にも期待できる。若手の定着と活性化を願う企業は、メンター制度の導入を検討すべきだといえるでしょう。

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