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第9回:従業員満足と動機付け―衛生理論
武藤泰明

 顧客満足は、ご存知ですよね。英語では CS:Customer Satisfaction 。そしてこの CS の対概念が ES:Employee Satisfaction 。日本語では従業員満足。顧客満足と同様に、会社に高い成果をもたらす源泉の一つです。実は、産業心理学ではESはCSより古くから確立されています。

 たとえば米国の自動車工場は、他の製造業と比べると賃金水準が高い。これはなぜかというと、ベルトコンベアによるオートメーションシステムが、労働者にとってはかなりキツいものなので、工員の離職率が高い。これを引き下げるために、賃金を高くしているんです。

 この例の場合、賃金水準がESを向上させるための手段として用いられている。賃金を高くすることによって会社が期待しているのは、「やる気がでる。つまりモチベーションが上がる」「賃金が高いのだから我慢して働こうかという気になる」の2つです。

 産業心理学では、この「モチベーション(動機付け)が上がる」と「やめたくなる、ならない」とは、理由が別のものだという考えが定着しています。専門用語では「動機付け―衛生」理論と言います。つまり、モチベーションが上がる要因(モチベーション要因)と、会社に不満を持つ、やめたくなる要因(衛生要因)は別のものであると考えられています。したがって、モチベーション要因を十分に整備しても、衛生要因が改善されていないと、社員の不満が高まってしまうのです。上述の自動車工場の例では、「たとえ賃金水準が高くても仕事がキツいのは嫌だ」と工員が感じているのだとすると、賃金というモチベーション要因を高めても、ハードワークという衛生要因が改善されなければ離職率が改善されません。

 会社にとって合理的な選択は、不満要因(衛生要因)の解消に「そこそこ」のコストを使い、満足の向上(動機付け要因)にも配慮して資金を投じることです。つまりポートフォリオ。この配分を間違うと、従業員満足に多額の費用を使っても、社員の不満は解消されないということになってしまいます。

 問題は、働く人一人ひとりによって、動機付け要因、衛生要因が異なるという点です。ハードワークが嫌だという人もいれば、賃金が高ければ他のことは我慢できるという人もいるんですね。同様に、仕事の裁量度が増すと満足する人もいれば、決まったことをきちんとこなしていくのが好きで得意な人もいます。これが従業員満足の難しいところです。また現在の日本のように社会が豊かになると、満足や不満の要因も多様化していきます。会社にとってはとてもやりにくい状況になったといえるでしょう。福利厚生をカフェテリア方式にして好きなものを選べるようにしている会社が増えているのも、社員の満足と不満の多様性を反映しているのです。

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