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第8回:高年齢者雇用促進法と引退へのソフト・ランディング
武藤泰明

 元気な高齢者が登場するテレビ番組というと、昔はNHKの独壇場だったのだけれど、最近は民間にもあります。あるというより、とにかく面白い。私が知っているのは2つあって、1つは日本テレビ系列の「笑ってコラえて」(水曜19:00)。コーナーの一つが「ダーツの旅」で、所ジョージが大きな日本地図に向かってダーツを投げて、当たった場所に行く。大体は地方で、そこでたまたま道を歩いている人、畑仕事をしている人に声をかける。地方なので高齢者が多い。もう一つはTBS系列の「さんまのスーパーからくりテレビ」(日曜19:00)の中の1コーナー。こちらは高齢者が3人でクイズに答えるのだけれど、ほとんど真面目に答える気はなくて、明らかにウケを狙っている。

 すごいと思うのは、この2つの番組に出てくる高齢者が、若くても80歳というところなんです。90歳も普通に登場する。その人たちがとにかく元気で面白い。

 そして、こういうものを見てから、今年(2006年)4月に改正された高年齢者雇用促進法を見ると、60歳の法定定年を廃し、65歳までは働けるようにしようということなので、上記の80歳や90歳の人たちと比べるといかにも若い。本当に引退するのかというくらい若く感じます。

 統計をみていてわかるのは、日本の60歳代前半の人たち、とくに男性は、就労率が実は高いという点です。2000年の国勢調査によると、60歳で70%以上、64歳でも60%弱の人が仕事をしているというのが現実です。世界的に見ても、日本の高齢者の就労率は、先進国の中ではかなり高い部類に入ります。このため、OECDが刊行している日本経済白書(2005年版)でも、日本の将来の労働力不足を、60歳以上の人々の就労率を高めて解決すべきだという意見にはなっていません。現在と同程度の就労率が維持されることが目標になっているんですね。

 今後の労働需給を考えた場合、経済が安定成長するという前提を置くと、人手不足の高進は確実なので、おそらく、法改正がなくても就労率は上昇するだろうと考えることができます。とくに中小企業については人員確保が難しくなるので、高齢者に依存する度合いが高まると考えるべきでしょう。

 その意味では、改正法は主に、定年制度を厳格に運用している大企業で効果を発揮するものだということができると思われます。大企業に勤務している60歳少し前の人々は、現職の待遇がかなり良いので、定年後に新しい仕事に就くのが難しいと言われています。大企業のブランドもなくなり、待遇も極端に下がるのなら、仕事を続けるのをやめようかと考える。あるいは一旦再就職しても環境が大きく変わるので、長く勤め続けることができない人が多いというのが現実のようです。

 一方で大企業も2007年問題などで人手が足りなくなる。それなら60歳になった人に勤め続けてもらうのがいいということになります。ただしそれまでと同じ待遇では難しいので、年俸はかなり下がる。厳しいといえば厳しいのですが、それでソフト・ランディングがうまくいくのなら、現実的な選択肢としては歓迎すべきでしょう。

 ここで考えたいのは、「ソフト・ランディングとは、どこにランディングするのか」という点です。

 冒頭にも述べたように、元気な80歳、90歳の人がいるというのが現実で、「人生80年時代」と、ちょっと前までは言っていたのですが、標語としてはあっという間に非現実的になっていて、今はどう見ても「90年時代」です。ということは、65歳で引退とかリタイアというのは、60歳定年と同じくらい無理のある設定で、したがって、ランディングする先は「引退生活」であってはならない、あるはずはないということになるのです。

 では、どこにランディングするのか。理想を言えば、今勤めている会社とは別の活動を始めるということになるのだと思います。そしてそのための「器(うつわ)」は、かなり整備されてきています。

 具体的にはまず、本年5月に施行された会社法では、最低資本金制度が廃止されています。つまり元手がなくても会社をつくることができます。また現在議論されている公益法人改革の一環として、平成20年から、社団法人、財団法人は登記だけで・・・つまり主務官庁の認可なしに設立することができるようになります。社団・財団というと公益事業というイメージですが、一般社団、一般財団なら公益性がなくても構いません。公益性のある法人の器としては、すでにNPO法人があります。要は、仲間を募って・・・あるいは誰かにぶら下がって、新しい活動を始めるための道具ができている、あるいはできつつあるのです。

 多くのサラリーマンにとって、仲間とは会社の仲間です。ですから、一つの会社を引退した人が集まって組織をつくって活動するというのは、きっと、ごく自然なことであるように思います。そしてそうであれば、会社がこのような組織づくりを支援したり、すでにOBになっている人がつくって活動している組織を紹介するというのも自然です。それも65歳になったら急に退職してそういう活動を始めるというのではなく、60歳はフルタイムで、次第に勤務日数が減少して、かわりにこのような組織での活動が増加していくということができれば、アクティビティの高い生活へのランディングができていくのではないかと思うのです。

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