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読者が拓く!バスケットボール

第21回:フリースロー
2008年7月
武藤泰明

テリー・ゴディと高見盛のこと

 以前よくテレビでプロレスを見ていた。アントニオ猪木の新日本がテレビ朝日で、ジャイアント馬場の全日本が日本テレビである。その全日本で好きだったのがテリー・ゴディ。当時日テレの社員だった福沢朗(今は『エンタの神様』の司会をしている)アナウンサーの実況を信じるなら、14歳からプロレスラーだったという人。 ある晩、例によって放送を見ていたら、試合直前の控室を映していて、タッグのパートナーであるスティーブ・ウィリアムスと二人で「気合」を入れ、大声で叫びながら花道に走り出た。出番の直前に、テンションを上げていたのである。

 最近では大相撲の高見盛。永谷園のCMに出てお茶漬けを食べている表情は微笑ましいが、本場所では、立ち会いまでの気合いの入れ方で人気である。勝った時は勝負の後もテンションが高いが、負けたときのテンションの下がり方も見ていて面白い。負けても人気の出る力士である。

スポーツによって必要なテンションが違う

 早稲田大学がスポーツ科学部の主に1年生のために作成している教科書「教養のためのスポーツ科学」を見ると、スポーツに必要な覚醒レベル(私は専門外なのだが、一般的に使われる言葉の中では「テンション」が近いのではないかと思う)は、種目によって違う。教科書では最適な覚醒レベルを5段階に分けていて、最も高い覚醒状態が必要なのは、ベンチプレス、腕立て伏せ、アメリカンフットボールのタックル、そして200〜400m走。相撲も一瞬で勝負が決まるので覚醒レベルが高くてよいはずで、そう考えると高見盛の行動は理にかなっているといえるのだろう。ただし、教科書によればレスリングと柔道に必要な覚醒状態は、意外なことに上から2番目である。ボクシングも上から3番目・・つまり「中程度」なので、格闘技には、必ずしも高い覚醒レベルが必要ということではないらしい。

これに対して、5段階で最も低くて良いのはアーチェリー、ボウリング、ゴルフのパットとショートアイアン。下から2番目が野球の投球、バッティング、テニス、飛び板飛び込み。サッカーはボクシングと同じで3番目である。

同じ種目でも必要な覚醒レベルは場面によって異なる

 もう一つ重要なのは、同じ競技種目でも、ポジションや場面によって、必要な覚醒レベルが異なるという点である。アメリカンフットボールでは、タックルは1番高いレベル。クォーターバックは4番目で、フィールドゴールを狙うキッカーは5番目、つまり最低のレベルでなければならない。アメリカンフットボールの場合は、ポジションによって「仕事」が違うので、自分に必要な覚醒レベルを維持しやすい。

 ではバスケットボールではどうかというと、同じ教科書によれば、バスケットボールに必要な覚醒レベルは上から3番目、つまり真ん中であり、ボクシングやサッカーと同じである。しかし、フリースローに求められるのは

、最も低いレベルなのである。 つまり、1つの競技の最中でも、選手に要求される覚醒レベルは異なるということなのだ。したがって選手は、置かれた状況に応じて、レベルを上げたり下げたりする必要があるのである。

フリースローが入って騒ぐ人、冷静な人

 そんなことを理解した上で、NBAでも国内のリーグ戦でもよいし、今度のオリンピックでもよいので、バスケットの試合を見ると面白い。とくに注目してほしいのは、1投目のフリースローが終わった後の、フリースローをしている選手、その同僚でリバウンドを狙っている選手、そしてベンチである。

 第4クォーターで接戦の場合、フリースロー1投目が決まると何が起きるか。ベンチと観客は、大喜びである。立ち上がって両手を上に突き上げる人、叫ぶ人・・要はテンションが高い。しかし、フリースローを決めた選手は、おとなしいはずである。それだけでなくて、コート上にいる同僚も静かなはずだ。当事者たちはちょっと喜んで、ハイタッチはせずに、拳を軽く触れるくらいで第2投に備える。あれは時間制限があるからそうしているのではなくて、おそらく、覚醒レベルを不要に上げないようにしているのだと思う。これが上がりすぎると、フリースローは入らなくなるはずである。

 理論的にそうなのだということを知らなくても、第2投に備えて、心を静かに落ち着けようとしている人は多いと思う。この雑誌の読者には選手が多いと思うのだけれど、今度フリースローの機会があったら、第1投が入ってもあまり喜ばず、第2投に備えて心を落ち着けたほうがいい。仲間がフリースローの1投目を入れたら、次が入れば逆転だという時でも、気合いを入れず、静かに第2投を待ち、リバウンドをとるためにそっと自分だけ覚醒レベルを上げなければならないのである。

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