ベッカムのリベンジという不思議な物語
サッカーは微妙な判定の多い競技である。見ていて理解できない判定もあって、たとえば1998年ワールドカップ・フランス大会のアルゼンチン戦のベッカムのレッドカード。ベッカムは倒されてうつぶせになり、その状態から両膝を曲げて、上げた足にアルゼンチンの選手が引っかかって倒れてベッカムが退場になった。そしてイングランドは敗退する。
私がそのことを知ったのは2002年の日韓ワールドカップの時で、なぜ知ったかと言うと、テレビが「ベッカムのリベンジ」と言って騒いでいたから。フランス大会から日韓大会までの4年の間に、ベッカムはスーパースターの地位を確立していて、豪華な自宅はバッキンガム宮殿をもじって「ベッキンガム宮殿」と呼ばれているのだというのを知ったのもその時である。つまり、話題にする価値がある選手になっていた。
で、すごく気になったのは、テレビなどのメディアが「ベッカムのリベンジ」を取り上げる時、4年前のレッドカードが適切であったかどうかについて、誰も何も言わないということだった。退場になったベッカムに敗戦の責任があり、その借りを返そうとしているのだという話題で終わっていて、まあ、テレビってこんなもんなんだろうなという、ときたま感じることをまた感じて、日韓大会ではイングランドがベッカムのペナルティ・キックでアルゼンチンに勝って、その物語が終わった。
テレビに映された物語の意味は何か。よく考えてみると、4年前に意図的にファウルをしてレッドカードを受け、結果として負けたことを逆恨みしている選手をスターに祭り上げてしまったということになるのだ。これって、何かがおかしい。
おかしいのは、フェアプレイが尊重されていないということなのである。ベッカムに非があるのではなくて、レッドカードの疑惑を取り上げなかったテレビの姿勢の問題なのだと私は思う。悪役でも視聴率が取れればいいということなのか。もちろんテレビによるベッカムの取り扱いは悪役ではなくてスーパースターである。だから、放送している人たちも、自分たちの取り上げ方がおかしいということに気づかない。そして、フェアプレイを支持する、あるいは重要だと考える気持ちは、見つけることができない。
フェアプレイ精神の衰退と企業の不祥事
サッカーの試合では、選手が入場するとき、子供と手をつないでいる。たぶんあれは、選手にフェアプレイをさせることに役立っている。サッカーは得点の少ない競技だから、一つのチャンスで勝敗が決まる。したがって、決定的な場面で決定的なファウルが起きやすい。そうさせないために、イエローカードやレッドカードがあり、選手は子供と一緒に入場する。
プロのサッカーの選手が、純粋にお金だけのために試合に出ているのだとすると、彼らにとって、フェアプレイと勝利とは、ある程度トレードオフの関係にある。つまり、キレイに戦っていては勝てない。だからファウルをする。イエローやレッドのカードは、これを抑止する手段だということになる。
日本のサッカーは1968年のメキシコ・オリンピックで銅メダルに輝いた。そしてそれ以上に誇るべきは、この大会で日本チームがフェア・プレイ賞を受賞したということである。最近の日本のチームがこれ、あるいは類する賞をもらったという話を聞かない。もちろんこれも、テレビがフェアプレイに関心がなくて報道しないだけなのかもしれないが、どうも以前にくらべて、日本人が全体としてフェアプレイに価値を認めなくなってしまったのではないかと言うことが気になっている。フェアでなくても勝てばいい、バレなければいいんだという意識が、最近相次いでいる企業の不祥事の根本にあるようにも思う。
スポーツって、何のためにしているのか。プロはお金であるとしよう。アマチュアは勝つことだろうか。もちろんそれも必要だが、フェアプレイ精神を大事にしているのだということが、スポーツマン(といっていけなければスポーツパーソン)が尊敬される最大の理由ではなかったか。だとすると、アマチュアだけでなく、尊敬されるプロ選手もフェアでなければならないはずである。
バスケットボールの幸福
バスケットボールは、フェアプレイ精神と言う面では、恵まれた競技である。50点、100点が入る競技なので、1点を争うサッカーに比べると、決定的な場面というのがない。だから決定的なファウルがあまりない。
もちろん、第4クォーター残り30秒では変わってくる。接戦なら、決定的な場面だらけになる。こんなとき、負けているほうのチームは、わざとファウルをして、時計を止めようとするのだけれど、あなたがもし、それはルールの許す範囲のことだからいいんじゃないかと感じているとすると、それは軽度の「フェアプレイ精神欠乏症」である。ルールは精神を反映するものである。重要なのは、精神のほうなのだ。幸運なことに、バスケットボールは、フェアプレイを実現しやすい競技である。試合の最後まで、フェアプレイを貫いて欲しいと思う。