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第12回:ネーミングライツ(命名権)
2007年9月
武藤泰明

建物や道路に人の名前がついている

 外国に行くと、大きな建物や道路、あるいは広場には、人の名前がついているものが多い。たとえばシンガポールの中心街はラッフルズ・プレイスで、植民地時代の英国人にちなんだものである。米国だとマッカーサーパーク。公園に人の名前がついている。同じ名前のポピュラーの名曲もある。テニスのトーナメントで、1970年代に活躍した女性選手であるビリー・ジーン・キングの名を冠したものもある。この間ドイツに行ったらジョン・F・ケネディ通りというのがあった。米国人の名前をつけた道がドイツにあるというのも面白い。ついでに言えばノーベル賞のノーベルも人の名前で、この人の基金から賞金が支払われている。

 日本では岸記念体育館があるが、人の名前をつけたものはあまり多くないと言ってよいだろう。日本サッカー協会とJリーグは数年前に東京の文京区本郷に移転して現在同じ建物の中にあるが、行政と交渉し、その前の道の通称を「サッカー通り」にしてもらった。はじめのうちはタクシーに乗って「サッカー通りへ」と運転手さんに言っても誰も知らなかったが、最近は「本郷のJリーグに行ってください」というと「ああ、サッカー通りね」という返事が返ってくることも多い。変わったものである。

企業の名前をつけた競技場が増えている

 スポーツの競技場で最近増えているのが、企業の名前をつけたものである。たとえば横浜スタジアムは日産スタジアム。千葉はフクダ電子アリーナ、略してフクアリ。大分は九州石油ドーム。西東京市の東伏見にあるアイススケートリンクはダイドードリンコアイスアリーナ。ほかにもいろいろある。

 どうして建物に企業の名前が急につきはじめたのかというと、企業がその施設にお金を払って、命名権(ネーミングライツ)を買っているからである。

 大きな施設の建設にはお金がかかる。サッカーのスタジアムでワールドカップを目的に作られたものは、200億円から600億円。松井秀喜のヤンキースが新しく作ろうとしている野球場は周辺施設を含めて建設費予定額が約900億円。バスケットボールも、体育館なら安くできそうだが、NBAのように観客席の多い施設を作ろうとすると、サッカースタジアムよりは少ない費用で作れるとはいえ100億円はかかるようだ。

 そして、かかるお金は建設費だけではない。施設ができてからの運営費も高額なのである。これらの費用を、入場料収入だけでまかなうことは難しい。だから命名権を企業に売って、運営費の「足し」にしているのである。日本では自治体が施設を持っていることが多いが、国も地方も財政難である。要はお金がない。しかし作った施設は運営しなければならない。そして昔のように自治体が運営費の不足分を全面的に支出することは難しい。これも命名権を売るようになった大きな理由である。

 よく目にするものでいうと、イチロー選手が所属するシアトル・マリナーズのホームグラウンドはセーフコ・フィールド。セーフコは保険会社である。ドイツ・サッカーのブンデスリーガの強豪であるバイエルン・ミュンヘンのホーム・スタジアムはアリアンツ・アリーナでこれも保険会社。命名権を売ることは施設運営のノウハウの一つとして確立されている。NBAでは競技場の8割以上で命名権が用いられている。野球のマリナーズと同じシアトルにあるスーパーソニックスのホームはキー・アリーナで銀行の名前。デンバー・ナゲッツはペプシ・センターでコーラ。ヒューストン・ロケッツのホームはトヨタセンターである。バスケットボールのアリーナはイベントやコンサートなどにも使われるので、スポンサーにとっては自社の名前をつけることのメリットが大きいのだ。

日本の命名権の問題は

 こう見てみると、命名権を売るのはいいことずくめのようだが、たまに問題も生じる。第一は、サッカーの国際大会でトヨタカップというのがある。会場は日産スタジアムである。これではまずいので、トヨタカップに限って、パンフレットなどに載せる競技場の名前は横浜国際競技場になっていた。企業はテレビでコマーシャルをするのと同じように、命名権を買うことで会社の名前を高めようとする。競技会のスポンサーの目的も同じである。だから、同じ業種で競争している2つの会社の名前が同時に出てくるというのはまずいことなのである。

 第二は、あまり例がないほうがいいのだけれど、命名権を買った会社が倒産したり、問題を起こすこともある。そうなると、競技場のイメージは低下するだろう。また合併などによって名前が変わる会社も多い。そうなると競技場の名前も変えなければならないということになりかねない。

 第三は、第二の問題とも関係するのだけれど、命名権の契約期間が、とくに日本では短いという点である。欧米だと10年以上が一般的なのだが、日本では2〜3年が多く、契約が継続されずに別の名前の競技場になる例もすでに見られる。

 そうなると、困ることがいろいろ生じる。競技場は、命名権のスポンサーが変わるたびに、看板を掛け替えなければならない。地図やいろいろな資料に載っている競技場の名前も変わる。これも手間だし、古い地図や資料を持っていても役に立たないということである。サッカー通りではないがタクシーも困るだろう。だから理想は、健全な企業に10年単位で命名権を買ってもらうことである。

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