武藤泰明ホームページ

読者が拓く!バスケットボール

第6回:いろいろなスポーツをしよう
2007年3月
武藤泰明

ボルグのトップスピン

 男子テニスのトップ選手といえば、スイスのロジャー・フェデラーである。世界ランキング連続1位の記録をジミー・コナーズ以来30年ぶりに更新した。見ていて負ける気がしない。逆に言えばライバルが少ないのだけれど、コナーズの時代はそうでもなくて、群雄割拠。私がとくに好きだったのは、スウェーデン(一時税金が高すぎるといってモナコ公国の国籍になっていたこともあるがまた生地のスウェーデンに戻したようだ)のビヨン・ボルグ。1956年生まれなのでもう50歳になる。活躍していたのは70年代後半から。コナーズ、ボルグ、そしてマッケンローが四大大会を争った光景は、実に華やかだった。日本でテニスが急速に普及した時期でもある。

 ボルグはウィンブルドン5連覇。ビジネスの世界で「ウィンブルドンのようだ」というのは、「外国企業が国内の業界や市場で上位を占め、国内企業の出る幕がない」状態を指す。英国人以外の選手がウィンブルドンで優勝し続けたのでそんなことになった。ボルグはなにしろ5連覇なので、この表現が生まれるのにとても貢献しているのだけれど、もっとすごい貢献は、テニスのスタイルを変えてしまったことである。イノベーションを起こした。どんなイノベーションだったかというと、トップスピンである。

 今ではトップスピンは当たり前になっているが、「ボルグ以前」には、普通のストロークがフォアもバックもトップスピンという選手は、少なくとも世界ランク上位の中にはいなかった。ボルグ以前とボルグ以降で、テニスという競技が、変わってしまったのだ。

 では、なぜこのイノベーションが起きたのか。その理由は、ボルグが卓球の選手だったからである。卓球ならトップスピン・・・というより、ボールに回転をかけるのが当たり前で、ボルグは卓球のようにテニスをしたということなのである。因みに、スウェーデンは卓球が盛んな国の一つである。だからボルグはスウェーデンのメジャーなスポーツである卓球を小さい頃からしていて、その後テニスに転向した。テニスの英才教育を受けていたのではないということでもある。

 イノベーションという言葉を使い始めたのは、ヨゼフ・シュムペータ。マルクス、ケインズとならぶ経済学の巨人の一人である。日本ではイノベーションは技術革新と訳されることが多いのだがこれは実は間違いで、技術である必要はないし、さらに言えば、「新」という字にともすれば惑わされるのだが新発明である必要もない。シュムペータが使った言葉を日本語に忠実に訳すと「新・結合」になる。つまり、古いものどうしでも、結合の仕方が新しければイノベーションなのである。身近な例で言えば、回転寿司は典型的なイノベーションである。寿司職人と、工場で使うベルトコンベアを「新・結合」して生まれたのが回転寿司なのだ。

 ボルグの場合は、卓球とテニスを「新・結合」して、テニスの新しいスタイルを確立した。だからボルグがしたことはイノベーションなのである。英才教育のテニス・エリートではなかったからこそ、このイノベーションを実現することができた。

ひとつの競技種目だけやっていてよいか

 で、言いたいのは「早期選抜」あるいは「一種目に特化する」というのは、実は良くないのではないかということ。たとえば、小さいうちは、いろいろな競技に親しんだほうがいいのだと思う。その中で自分に適した競技をみつけるのが、きっと本来のあり方なのではないか。

 小さな子供だけの話ではない。米国はシーズン・スポーツという考えが明確になっていて、季節によってするスポーツが変わる。バスケットボールも、フットボールの冬季版として1891年に米国のニューイングランドで生まれた。ニューイングランドの真冬は寒いし雪も降る。だから室内でできる競技をということで考案されたのがバスケットボールなのである(余談だが初期のルールでは使用球はサッカーボールだったらしい)。大学の超一流選手でも、春から夏は野球、秋からはアメリカンフットボールという人がいるし、野球のキャッチャーが冬はアイスホッケーのゴールキーパーをしているというのも普通に見られることである。

 なので、日本の学校でスポーツをしている人へのオススメは、いろいろな競技をすること。その結果として「マイ・イノベーション」が起きるかもしれない。中高生は週6日かつ一年中同じ競技で部活をしているのが実態だとすると、なかなかそうもいかないかもしれない。競技団体もタテ割りで、ある意味では仕方のない面もあるのだけれど、地域や学校のスポーツ組織は、タテ割りとあわせてヨコ割りにもなってほしい。部員の足りない運動部は試合に参加するために他の部に応援を求めるが、実はそれが正しい本来の姿なんじゃないか。最近増加している総合型地域スポーツクラブというのも、このような考えを実現する手段になるものなのだと私は思っている。

いろいろな競技に参加しよう。

©Copyright Yasuaki Muto. All right reserved.