テレビで海外ロケの情報番組を見ていて驚くのは米国や欧州の物価の高さである。ここのところ何年か欧米に行っていないせいもあって、いつの間にこんなにと思うくらい物価が上がっている。日本人も昔は物価上昇に慣れていた。それがかれこれ20年インフレとはごぶさたで、感覚として物価上昇が分からなくなっている。だから欧米の物価をたまに見るとびっくりする。
物価が上がっているということは、裏を返すと、通貨の価値が下がっているということである。同じ品物を買うのに、昔よりお金がかかる。したがって、単純に考えるなら、物価が上昇している国の為替レートは切り下がり、デフレで物価が下がっている国の通貨は高くなる。つまり、経済の調子がよくなくてデフレであれば通貨が強くなるという、ちょっと逆説的な現象が起きる。日本はまさにこの逆説の中に置かれているように思われる
○ビッグマック指数
各国の通貨の強さと物価を測る手段として知られるのが「ビッグマック指数」である。学問的根拠はないし厳密でもないが、アバウトに状況を知る上では面白い指標である。何かというと、各国のマクドナルドで販売されているビッグマックの価格を、その時点の為替レートを用いてドルで計算する。各国の通貨が購買力平価を適切に反映していれば、米国のビッグマックと同じ値段になる。米国のビッグマックより安ければ、その通貨は過小評価されている。高ければ為替レートが高すぎる。そんな論理である。
図は日本、ユーロ圏諸国、そして「ご本家」の米国のビッグマック価格の推移をみたものである。この図から気づくことがいくつかある。第一に、米国のビッグマックは、2005年から12年にかけて33%値上がりしている。年率にすると4%程度である。第二に、ユーロ圏の指数はおしなべて米国より高い。この理由としては、インフレ率の高さを上げることができるだろう。インフレなら普通は通貨価値が下がるのだが、ユーロという通貨は複数の国で使われているので、一国のインフレを直接には反映しないのである。
第三に日本だが、2012年の1ドル80円前後というレートは超円高だと認識されていたが、ビッグマック指数からみると適正である。むしろ2005〜06年の好況期は円が安すぎた。日本は物価の安い国だったということである。最近日本に海外からの観光客が増えていることは、実はこの物価安で説明がつく。観光庁ががんばってくれたおかげではないということでもある。
さて、それから2012年までのあいだに、米国は物価上昇でドルの価値が下がり、日本は円の価値が相対的に上昇し、両国のビッグマックはほぼ同じ価格になっている。そして今後、米国のビッグマックは物価上昇で5ドルを超えるようになるのだろう。日本がこれと同じ値段になるとするとその原因は、「日本のインフレでビッグマックの円建て価格が上がる」か「日本のデフレで円がさらに高くなる」のどちらかである。インフレも円高もないとすると、日本は再び物価(ビッグマック価格)の安い国になっていくのだろう。
○インフレをつくりだす
先進諸国は現在、インフレに誘導しようと必死である。もちろんハイパーインフレは困る。だから中央銀行の役割は、かつてはインフレの抑止だったのだが、そんなインフレは先進国では起きそうにない。困るのはむしろデフレである。デフレよりインフレのほうが賃金水準が上昇して経済が活性化する。税収も増えるので、歳出を増やすとともに財政赤字の削減が可能になる。
しかし日本の場合、困ったことに需要が弱いのでインフレになりにくい。だから「財政出動してまずは公需を拡大する」、「賃上げ減税で消費を拡大する」、「量的緩和で株価を上げて消費の資産効果と企業の投資に期待する」といった方策がとられている。消費増税は需要拡大にはマイナスだが税収が増えれば財政出動しやすい。
○偽装デフレ?
何とか少しでも物価が上昇し、インフレが当たり前という状態に、企業や国民の意識を変えていくことが必要なのだろう。考えてみるとこの20年余り、企業は安く供給することに注力しすぎていたのかもしれない。しかし最近問題になったホテルや百貨店での食品偽装を見ると、高級品をちゃんと適正な価格で売ろうという姿勢が感じられない。一流のはずの会社が、静かに一流をやめてしまっているのである。もし現在の物価下落の一部が偽装によって実現されているのだとすると、偽装をやめれば価格はおのずと高くなる。その意味では、現在のデフレは「偽装デフレ」なのかもしれない。
○高齢者の生活に配慮する
念のために言えば、今後物価は必ず上昇する。なぜなら、新興国の成長の結果、世界レベルで需要が拡大し、輸入物価が上昇するからである。円高になれば一時的にこれをしのぐことはできるが、いつまでも世界の物価上昇に円高で対抗し続けることはできない。つまり、日本の景況にかかわらず物価が上昇する時代がやってくる。
このような環境変化の中で起きそうなのは、原材料高を末端価格に反映できないことで、対策としては賃下げ、あってはならないこととしては前述の偽装や低価格の代替品である。そうなると貿易赤字の拡大とデフレ、そして賃金低下が共存するという、あまり想像したくない事態に陥る。
またインフレ期待に関する議論の中で、日銀と政府が慎重に避けているのが、高齢者の生活がどうなるのかという点である。デフレだと現役の勤労者が未来に不安を抱くがインフレだと不安になるのは高齢者である。「日本を代表する高齢化県」として、この問題に関する姿勢や施策が大分から表明されてよいのではないか。