2020年オリンピックの東京開催が決まった。まずはめでたい。開催地はほとんど東京都内だが他県で開催される競技もあるし、各国代表のキャンプも日本中いろいろなところで行われることになるだろう。その意味では東京五輪というより日本五輪であり、大分でいえば2002年のサッカー・ワールドカップで中津江村(当時)が果たした役割を思い出すまでもなく、各国のいわば親善使節である代表団を迎え入れ、もてなす機会の意味・意義はとても大きい。キャンプ誘致が実現することを願うばかりであるが、1964年との大きな違いは、オリンピックではなくて、オリンピック・パラリンピックだという点である。身体障害者(注1)の世界レベルの競技会が日本で開催されることは、バリアフリー、ダイバーシティなど、コトバはカタカナだが、配慮する、気づかうという日本的な精神を涵養する、あるいは取り戻すうえで大きな契機になるのではないかと、キャンプ以上に期待している。
ただし、それでもなお忘れているものがある。知的障害者である。その競技会の名称はスペシャル・オリンピックスであり、パラリンピックとは別に開催されている。歴史的な経緯を解説するなら、パラリンピックは、英国において障害を得た軍人のリハビリテーションに起源を持つ。第1回は1948年(ロンドン五輪の年)である。スペシャル・オリンピックスは1962年にジョン・F・ケネディの妹のシュライバーが自宅の庭(といってもとてつもなく広いのだろう)で知的障害者のキャンプを開催したことが始まりである。現在もIOC(国際オリンピック委員会)とは別の団体によって実施されている。
○障害者雇用促進法と障害者の「不足」
前置きが長くなったが、今回のテーマは障害者のスポーツではなくて雇用である。厚生労働省によれば、日本の身体障害者人口(平成25年)は366万人、知的障害者は54万人である。障害者雇用促進法によって、企業ないし企業グループは従業員の2%の割合で障害者を雇用することが義務化されている。実際の雇用率は1.69%で、2%の法定雇用率を達成している企業は全体の半数弱となっている。
社会的責任(CSR)を果たそうとする企業は、少なくとも法定雇用率を達成したいと考えるが、実際には困難を伴う。理由はいくつかあって、求人が難しい。障害者に適した仕事を設けたり就労環境を整えるのも容易ではないだろう。結果として、企業に意欲があっても人が集まらない。また企業が障害者雇用に熱心になればなるほど需給がタイト化する。
このような、身体障害者を探しにくくなっているという状況の中で、知的障害者の就労機会を拡大することに関心が集まる。もちろん、私を含め多くの人は、企業が知的障害者を雇用しても、してもらえる仕事があるのだろうかという疑問を持つ。確かに難しい。しかし、ブレイクスルーを考え、実行している企業がある。この例を紹介してみたい。
○知的障害者の農業就労のビジネスモデル
会社の名前は潟Gスプールプラス。JASDAQに上場している潟Gスプールの子会社である。ビジネスモデルを説明すると、エスプールプラスが「貸し農園」を運営している。この農園を複数の企業が借りて、知的障害者を雇用し、障害者は農作業をする。こう書くと簡単に思えるがそうでもない。まず農園は野菜栽培用かつ障害者仕様に整備されており農業指導者が常駐している。だからこの農園を借りる企業は野菜栽培についての知識が不要である。第二に、この農園で雇用される障害者は、隣接している、エスプール社が運営する障害者就労支援施設を経て農園で雇用される。つまり、企業は障害者を探す必要がない。ついでに言えば、就労支援事業の仕組みだと、施設は障害者を送り出すと人数が減って経営が苦しくなるので、送り出したくても送り出せない場合がある。ここの施設の場合は目的が農園での就労なので、逆に積極的に送り出そうとする。また施設で実施している訓練はこの農園での作業に直結しているので訓練と仕事のギャップもない。そして第三に、知的障害者を雇用するのは企業なので、障害者向けの作業所に比べると賃金水準が高い。したがって年金を自分で支払い、将来受け取ることができる。自立できるということである。
このサービスを利用している企業は、大手のメーカー、IT企業、ホテル、アパレル、小売など上場企業を含め多様である。収穫した野菜はこれらの企業内で福利厚生の一環として社員に提供するのが人気である。生産者が見えて安心だし、自分の会社の社会貢献につながるという意識も持つことができる。また農作業には管理者が必要だが、企業は高齢社員でこれに適した人材を配置しているようだ。高齢者の職務開発にも少し役立っているということである。
○農園に企業を誘致する
大分でこのような施設を整備することはできないだろうか。社会的な意義は、知的障害者が経済的にも自立できる就労機会を提供することである。企業の需要は強いと思われるので、残る課題は「農園運営者がいること」と「ここで働きたいと思う障害者がいること」である。経済的自立ができることを考えれば、働きたいと思う障害者ないしその支援者・保護者は少なくないだろう。農園運営については農地を提供してくれる農家が自ら行うよりプロに任せた方がよい。つまり、エスプールプラスのような専門家が地元にいればうまくいく。
大分にとって重要なのは、これが一種の企業進出だという点であろう。工場を誘致するのも地域の発展にとって有効だが、農地に誘致することもできる。社員が福利厚生の一環として、この農園でボランティア休暇を過ごすということもあってよい。進出してきた企業の目は大分に向くことになる。きっとそこから、いろいろなことが始まっていくのである。
注1:障害者の「害」の字には違和感をもつ人も多い。私もその一人だが、「障がい者」と書くのも不自然なので、ふだん使っているのは「障碍者」である。ここでは国の用字の慣行にしたがい害の字を使うこととした。