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地域経済の発展に向けて

第31回:パリの自転車2題
武藤泰明

 海外では広く普及しているのに、日本ではそれほどでもない、そんなものの一つが自転車である。もちろん日本でも自転車に乗る人は多いが、西欧ではスポーツとしても人気があり、イタリアやフランスでは国民が行う運動・スポーツとしてつねに上位に入る。競技としてはトゥール・ド・フランスが有名で、180を超える国と地域で放送される大規模なイベントである。そんな自転車がパリでどのように使われているのか。2つの例を紹介してみたい。

○クリティカル・マス・ライド
 クリティカル・マスという語はいろいろな分野で、それぞれ異なる意味で用いられているという、ちょっと不思議な言葉である。原子力の世界では臨界値、マネジメントでは「生き残れる最小の事業規模」を指す。
 自転車の世界では、クリティカル・マス・ライドというのがある。はじまりは1992年9月のサンフランシスコで、金曜日の夕方、仕事帰りの自転車がたくさん連なって走ったことらしい。当初から意図があってそうしたのか、「勢い」とか「流れ」でそうなったのかを知らないが、世の中の解釈としては「反クルマ社会」ということで、クリティカル・マス・ライドはこの解釈と一緒に先進国にひろがっていった。自転車が一台で走っていると自動車中心の交通ルールにしたがうことになるが、自転車が数百台集まって走ると、自転車中心のルールにならざるを得ない。そんな意味合いでクリティカル・マスの語が使われているのではないか。
 私が実際に見たのは2006年夏のパリである。サンフランシスコと比べて街が古い。そこを沢山の自転車が走っていくのは、結構絵になる。自動車はしばらく待たされるが、とくにクラクションが鳴ることもない。この日時のこのあたりはまあこんなものだという認識とか了解がありそうに思える。欧州でよく見られる円形交差点(ラウンドアバウトと呼ばれる)には信号がない。これが米国や日本とは違うところで、赤信号で自転車の集団が分断されることもない(信号機のある交差点では信号無視をしていたように思う。自動車中心のルールに反発することが目的なのでそうなる)。
 自転車の速度はかなりはやくて、みんなヘルメット着用である。このいでたちで通勤しているのだろう。欧州は日本と違って、土地は平たんで雨は降らない。年間の降水量は日本が1700mm以上であるのに対してフランスは800mm以下である。仕事帰りに同僚や上司と一杯という習慣もない。自転車通勤向きだといえるだろう。

○ヴェリブ(Velib)
 パリの自転車のもう一つの話題はヴェリブという市営の貸自転車である。市内各所に無人のヴェリブ置き場(ステーション)があって、自動販売機のようなものでお金を払うとロックがはずれる。2007年7月からサービスが提供されている。
 ビジネスモデル上のポイントは、借りたところに返さなくてもよいことで、別のステーションに返せるので便利である。利用者として第一に想定されているのは市民である。市がヴェリブを導入した目的は市内交通量の削減と渋滞の解消で、ヴェリブ以外に路面電車、郊外へ行く深夜バス(マイカー通勤を抑制するためである)、公共交通(バス・タクシー)専用レーンなどが計画された。ヴェリブの人気は上々で、開始後1年で年間パスの保有者は20万人に達した。ステーションは1500か所、配置されている自転車は約2万台(いずれも2008年)である。
 ヴェリブの運営費用は利用者負担だが、不足分は市ではなくて広告代理店が負担している。そのかわりこの広告代理店は、市内の一定の場所で広告パネルを優先的に設置する権利を得ている。自転車というと破損・盗難がつきものだが、そのような費用も含めたビジネスモデルになっていると考えてよいだろう。またこの成功を見て、ロンドンでは2010年からサイクル・ハイア(Cycle Hire)という、ヴェリブと同じ仕組みのサービスの提供を始めている。日本では規模がまだ小さいが世田谷区の「がやりん」、札幌市の「ぽろクル」などがはじまっている。このサービスは「都市の標準」になっていくのかもしれない。

○自転車で中心市街地活性化を
 大分市は「バイシクルフレンドリータウン」を掲げていて、自転車利用の促進を目指している。大分駅にも貸自転車が100台置かれている。ただしここでしか借りられない。以下ではここまでに述べたパリの2つの事例から、アイデアをもう少し膨らませてみたい。
 2つの事例に共通するのは、自動車、とくにマイカーに乗らないことを重視しているという点であろう。クリティカル・マス・ライドには、「反・自動車文明」のような、思想とでもいうべき考えが背景にある。これに対してヴェリブは渋滞の解消と環境保護という政策を実現するためのものだが、自動車に乗らないという具体的な行動は同じである。
 東日本大震災以降、日本の発電は火力の割合が高まっている。これは原油輸入で貿易赤字を大きくするだけでなく、二酸化炭素の排出も削減しにくい。エコカーそしてこれから普及が期待される燃料電池車も重要だが、あわせて自転車に乗る、自動車の利用を控える生活を考えておきたい。
 クリティカル・マス・ライドはともかく、その前提である自転車通勤は日本の気候と地形では難しいかもしれないが、たとえば県や各市が職員に自転車通勤を、強制はよくないが奨励することはできるだろう。またその場合も通勤手当を支給し、万一事故があった場合は労働災害として認定できるようにすればよい。
 ヴェリブ型の貸自転車に対する期待は、中心市街地の活性化である。クルマ社会だから郊外型の商業施設が成立するが、高齢者は郊外まで行きにくい。バスで大分駅などに出てそこから先は自転車で移動するという行動スタイルを成立させることができれば、中心市街地にとっても高齢者にとってもメリットがある。駐輪場は商業施設の入り口付近に設置してもらう。駐輪場には人が集まるので商業施設にもメリットがある。
 パリのような大都市で成功したビジネスモデルが大分で成立するのかという懸念もあると思うので指摘しておきたいのは、パリ市のヴェリブの導入は、マルセイユとトゥーロンでの成功をみてのことであるという点である。マルセイユは人口82万人だがトゥーロンは17万人で大分市の二分の一以下の規模である。大分が他に先行して「世界の都市の標準」を導入することを構想してみたい。

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