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地域経済の発展に向けて

第30回:アベノミクスと地方経済
武藤泰明

 安部政権が好調である。6月の東京都議選は、立候補者全員が当選した。これに先行する地方首長選挙では結果は芳しいものではなかったが不安を払拭したと言ってよい。7月の参院選も結果が読める状態になった。もちろん選挙は「水モノ」だが、以下では政権の安定がとりあえずは実現されるという前提で、アベノミクスと地方経済の関係を考えてみたい。

○黒田マジック
 アベノミクスといわれるが、実際には自公政権誕生以来、実施された政策は、ほとんどが日銀によるものである。政権は政策を唱えているが、そこで掲げられているテーマからは、注意深く短期的なものが除外されている。この理由はおそらく、7月の参院選が終わるまで失敗できないからである。結果として、この半年実施されてきたのはアベノミクスというより黒田マジックであった。そしてまず円安という成功を見た。

○株高の理由と展望
 円安になると債券はドルでの価値が下がる。株も同じだが、債券は下がるだけなのに対して株、というより銘柄は上がるかもしれない。円安が円ベースの企業収益を押し上げることも株高を支える。結果として、円で投資される資金が債券から株式に移動する。
 問題は、この移動はすぐに終了するという点である。株価の中長期のトレンドは広い意味でのイノベーションで決まる。イノベーションといっても技術革新だけではなく、国の規制緩和、構造改革や成長戦略を含む。だから投資家は国の政策を注視している。今のところ量的緩和がもたらしたカネ余りがミニバブル的な様相を呈しているが、バブルなら崩壊するとの認識を持つべきだろう。

○成長戦略の実現時期は?
 さて、政権が掲げる「3本の矢」のうち、これから実行されるものが成長戦略である。今回の成長戦略には、2つの特徴があるように思われる。
 第一の特徴は、中長期戦略だという点である。換言すれば、すぐには成果が出ない。
 政策の立法化と施行まで時間がかかることを考えるなら、これは、仕方がないと言えば仕方がないことである。それだけ現実的な方針だということもできるだろう。また、イノベーションの本質的な特徴は「うまくいかないもののほうが多い」ことと「時間がかかること」である。試行錯誤や失敗の中から革新が生まれ、これが世の中を変えていくまでには数十年を要することも多い。国家百年の計という観点からは、長期、超長期的な視野からの政策イノベーションへの取り組みは極めて重要だが、その成果を一つ一つ検証し、検証結果が選挙に反映されるのではだれにも政策イノベーションはできない。したがって、政策立案の当事者は、成果というより政策そのものの質で評価されたいと考える。
 とはいえ、これは見方を変えるなら、結果で評価されるタイミングを後ろに倒しているということでもあるように思われる。では世の中はいつまで待ってくれるのか。つぎの「ヤマ場」は、消費税上げが確定する本年秋、そして実際に消費税が上がる2014年4月であろう。今秋までは景気は持つとして問題はつぎの4月とその後である。年明けは増税前の駆け込み需要で景況感は高まるが4月以降は揺り戻しがある。その状況と対応で支持率が決まる。

○行政機能の回復
 今回の成長戦略のもう一つの特徴は、量が多いことである。戦略が当面の施策だけでなく長期を見据えたものであれば必然的にそうなるのだが、量が多いことのもう一つの理由はおそらく、行政組織が戦略の策定に積極的に関与し始めたということではないかと思われる。
 民主党時代の「霞が関」は、「永田町」主導の政策決定に対して、基本姿勢は「待ち」であった。今回の成長戦略は多岐にわたり、量が多く、政治主導では立案できないものであると言える。政策の立案について、行政機構が機能を回復したとみることができる。
 もちろん、行政だけでは政策は実現できない。政策に呼応する民間の動きが不可欠である。その意味では、政権=構想と方針の提示、行政=具体的施策の策定、民間=施策の活用という、三段ロケット、あるいは重ね餅型の構造が見られる。そしてこの構造が機能する条件は、中段にある「行政の施策策定が現実的、機動的であること」に尽きる。その意味では、成長戦略で目立つのは政権だが、戦略の成否を握っているのは行政なのである。

○民間の声を聞く
 ここで地方に目を向けるなら、国の成長戦略の成果を待っているだけでは、おそらく何も生まれない。霞が関が成長戦略を実現するために浩瀚な施策を用意したのと同様、地方における具体的な施策の立案が不可欠となる。
 永田町、あるいは霞が関の施策がどうであるかに係わらず、地方には地方の政策立案・策定が重要であることは、これまでと変わるところがないという考え方もあるだろう。地方行政の当事者は、そのような自負を持つはずである。ただし、現在がこれまでと決定的に異なるのは、経済が本当に動き始めるかもしれないという点であろう。換言すれば、優れた施策は、成果に結びつく可能性が高い。その意味では、地方行政はその実力を試される状況に差しかかっているのである。そして地方の施策が成功するための第一の要因は、民間の意見を聞くことである。
 霞が関が大量の施策を短期のうちに策定できる理由の一つは、すぐそばに民間企業があり、彼らがいつもアイデアを行政に持ち込んでいるからである。もちろんそのアイデアの中には、特定の企業や業界を利するものも含まれるが、国益につながるものもある。そのような大量の情報の中から、政策方針に資すものを選択し政策としての形を整えるのが行政の重要な仕事である。
 霞が関と比べると、地方行政のまわりには、政策アイデアを持ち込む企業は少ない。だから、待っているだけでは何も生まれない。一方で、現場に近いのが地方行政の強みである。この利点を生かし、住民と企業の「民意」を聞きに行くことから、地方の回復がはじまる。行政の「聞き上手」が、地方を発展させていくのである。

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