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地域経済の発展に向けて

第29回:若年層を増やす
武藤泰明

○工業団地のジレンマ
 いわゆる空洞化を背景として、地方自治体が整備する工業団地は企業誘致に苦労している。なかなか来てくれる企業がないのだが、実は来てくれても困る。なぜなら、働く人がいないからである。ジレンマである。半世紀前であれば、地方は雇用拡大のために工場を誘致した。現在は雇用という目的がない。ないというと言い過ぎだが、工業団地全体が求める労働力を地元だけで満たすことは難しい。工業団地だけでなく、日本全体で状況は同じである。製造業の労働力需要は趨勢的に減少しているが、それより労働力減少のテンポのほうがはやい。

○産業振興のボトルネックは労働力不足
 では、工業団地に進出した大企業はどうしているかというと、別の地域で採用した人材をつれてくる。やってくるのは、その会社の社員として採用された人もいれば、人材サービスのエージェントが採用した派遣社員、契約社員もいる。エージェント、すなわち人材派遣会社や構内請負会社は、全国から人を集める。多いのは北海道や沖縄である。前回紹介した群馬県大泉町のように、ブラジルからもやってくる。
 数年前のいわゆる派遣切り、あるいは「下流社会」の議論で、このような労働力供給はマスコミにたたかれた。とはいえ、このようなビジネスがなくなっているわけではない。リーマンショック以降の景気後退で一時減少したのは確かだが、とくに製造業においては、依然として重要な労働力供給チャネルである。
 集めたくても人がいないのは、工業団地も地元企業も実は同じである。工業団地に進出してくるような大企業は、自社の知名度で人を集めることも、エージェントを使うこともできる。これに対して地元企業はこのような方法を使えない。結果として、地域で産業振興を進めようとしても、労働力が集まらないために、せっかくの政策、あるいはビジネスチャンスを実現することができない。ボトルネックである。

○地域として募集力を高める
 では労働力は本当にいないのか。マクロ的には確かにそうである。しかし一方で、大卒で就職した人の約3割が3年以内に離職している。また大学を出たのに正規の仕事につけない人は毎年10万人以上に上る。高卒も同じである。彼ら、彼女らは、たとえばアルバイトで働いていれば失業統計に載らないが、バイトではない仕事をしたいと考えているという点では、潜在的な転職予備軍である。大分には少ないかもしれないが全国的には求職者は多いと考えてよい。このような若い求職者に大分に来てほしい。
 ここで、地方には労働力需要があるという前提を置くと、需要があるにもかかわらず人が集まらない理由は、地方企業の募集力が弱いからである。時折、地方企業によるUターンあるいはJターン就職説明会が東京などで開催されるが単発である。大都市から地方へ、という、定常的な人の流れを生み出す仕組みがない。結果として労働力不足が成長の制約になる。

○需要を「束ねる」
 ではどうすればよいのか。一つのアイデアは、地方自治体、あるいは商工会議所などが、人材サービス企業と提携することである。人材サービス企業は、大分で働きたい人を「つねに」集め続ける。「つねに」が難しければ、「需要があるときに」でもよい。コンスタントな需要があれば、それでも「つねに」になる。
 問題は、第一には、そんなに労働力需要があるのかという点であろう。1社ではもちろん難しいが、全県、あるいは大分市商工会議所加盟企業すべてであれば、規模が大きくなる。需要を「束ねる」ということである。第二に、大分にやってくるのかという疑問もあるだろう。これは、試してみないとわからない。必要なのは試行錯誤である。第三に、このアイデアに応じてくれる人材サービス業があるのか。これも、打診しなければわからない。というより、潜在的に労働力需要があるとして、これにどうこたえるかを考えるのが彼らの仕事、本業であろう。第四のやや面倒な問題は、このようにして大手の人材サービス企業に依頼することについて、地元の同業企業が反対すると思われる点である。とはいえ重要なのは人が集まる、集められることなので、市場競争システムが維持されていればよいはずである。あるいは地元企業と地域外企業が提携するのでもよい。地元の人材サービス会社の弱みは域外からの募集力なので(つまり、求人企業と同じである)これを補完する役割を域外の同業他社に期待するということだ。

○転入を政策目標にする
 これ以外には、たとえば、集まって来るのは派遣社員、あるいは契約社員ばかりになるのではないかという懸念もあるだろう。このような人々は、平均勤続年数が短い。換言すれば大分に定着しない。だから集めるだけムダだという考えである。これについては、2つの「反論」を示しておきたい。第一は、たとえそうであったとしても、県内若年層人口は増加するという点である。労働力需要があるのに平均勤続年数が短いとすると、やってきた人が離職したとしてもつぎの人が来る。大学を誘致すると若年層人口が増えるが学生は4年で入れ替わる。これと同じであると考えればよい。第二に、やって来る人の一部は、そうは言っても定着するだろう。入職の形態は派遣、請負、正社員ないし契約社員としての転職(紹介)があるが、派遣には紹介予定もあるし、改正法では派遣は3年までなので、同じ人に同じ職場で働いてもらい続けようとすれば、雇用形態は自ずと変わることになる。また派遣や請負で仕事をしながら地元での正社員の仕事を見つけようとする人もいるはずである。いずれにせよ、やってこなければ定着もない。したがって、政策上の目標指標は転入人口になる。大分で仕事をしようという人がどれだけ増やせるかということである。因みに、総務省(住民基本台帳人口移動報告)によれば、2011年の大分県からの転出は21,339人、転入は20,532人であった。807人の減少である。まずはこのマイナスを少しでもいいからプラスにしたい。ちなみに、この数字が同年にプラスだった都道府県は11しかない。このうち埼玉、東京、神奈川、愛知、滋賀、京都、大阪、兵庫、福岡は大都市圏だが、これ以外に岡山と沖縄もプラスである。難易度は高いが、取り組みがいのあるテーマだと考えたい。

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