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地域経済の発展に向けて

第28回:日系ブラジル人によるコミュニティ形成
武藤泰明

 前回指摘したように、これからの日本では、大きな失業問題は発生しない。少子化で労働力人口が急速に減少するためである。とくに地方においては、もし産業振興が実現できないとしても、余剰労働力は大都市圏に吸収されるので問題が発生しにくいと言える。
 しかしこれは裏を返せば、若年層を中心とする労働力が地元に投入されず大都市圏に流出し続けることを意味している。結果として地方の活力は低下していく。これを抑止したいと考えるのが政策としては自然である。そのための手段は産業振興、そして潜在的な労働力の活用である。具体的には女性、高齢者、外国人が地域の労働力になることが求められる。今回はこの中で外国人に着目してみたい。

○外国人は地域に「溶け込まない」か

 国勢調査をみると、総人口に占める外国人の割合は増加している。しかし周知の通り、労働を目的とする訪日には大きな制約がある。この理由を簡単に言えば、日本人の失業と社会問題の増加を防ぐことであろう。このうち、失業については最早気にする必要が小さくなっている。日本人だけでは労働力供給が明らかに不足する時代だからである。もちろん、外国人が大量に流入すれば問題が大きい。とはいえ不足は不足なので最適な流入の方法が検討されなければならない。
 もう一つの社会問題については、とくに懸念されるのは治安であろう。欧州を見ていると、移民受け入れ国の言葉を話さず、子どもの就学機会が確保されない移民が増加することで低技能労働者が再生産されるという問題も深刻である。移民による家族の呼び寄せ、出生率の高さがこれに輪をかける。こう書くと、移民受け入れはやめたほうがよいことになる。
移民研究の政策的な目的の一つは、歴史的には、移民を受け入れ国の社会にどのように包絡(同化)させていくかというものであった。しかし実際には、これはかなり難しい。米国を例にとれば、かつては人種の「るつぼ」と言われていたが、現在は「モザイク」である。つまり溶け合わない。他の国でも、母国を異にする人々はそれぞれがモザイクのピースとして複数の地域社会を形成することが一般的である。

○群馬県大泉町のフットサル場:日系ブラジル人による地域社会形成

 しかし実際には、日本において、外国人が地域社会の形成を主導している例が見られる。それも外国人だけでなく、日本人を含むコミュニティを形成している。換言すれば、外国人が日本人を包絡している。この例は、群馬県大泉町に見られる。以下ではこれを紹介してみたい(注)。
 北関東は愛知県や静岡県と同様、製造業の集積地が多い。工場労働力不足を背景に入管法が改正され(1990年6月施行)、日系人については訪日、工場労働が解禁された。これに伴い多くの日系ブラジル人がやってきた。彼らはエージェントを介して大企業の工場に集団で雇用される。日本語は話せない。住宅はエージェントか工場が用意し、集住する。そこからバスで朝工場に行き、夕方にバスで家に帰る。したがって、地元の日本人と接することはない。モザイクである。
 このような光景は全国に共通するものなのだが、例外が大泉町で生まれた。大泉町は人口に占める外国人比率が15.4%(2012年10月)であり日本で最も高い。そしてそのほとんどが日系ブラジル人である。そうであれば日系ブラジル人だけのコミュニティができてもおかしくないのだがそうはならなかった。
 この契機は、労働者の一人であった日系ブラジル人男性が、この町にフットサル場をつくったことである。この男性は、ビジネスとしてフットサル場をつくった。主な収入源は、日本ふうに言えば子どものフットサル教室である。月々の会費をとり、フットサルを教える。いうまでもなくブラジルはフットサルが盛んな国なので日系ブラジル人の子どもが集まる。子どもが来れば送り迎えで親も来るので、親のフットサルチームもできて練習する。これも収入源になった。
 ちょうど日本でもフットサルがブームになりはじめた時期だということもあって、子どもの教室には日本人も来るようになった。地元の子どもが来れば日系人と同じように親も来る。親もフットサルをするようになる。はじめのうち、日本人の親は日系ブラジル人を「ちょっとこわい人たち」と思っていたようである。しかし子どもには先入観がないので、日本人と日系人の子供は一緒にフットサルをする。親どうしも一緒にするようになる。結果として、このフットサル場は、日本人と日系人が交流する場となり、両者はフットサル場を離れてもつきあうようになっていく。行政もこれを支援するようになる。
 重要なのは、両者が交流するようになったことだけではない。フットサルを契機として、それまではつきあいのなかった日本人同士の交流も生まれているのである。この点において、日系ブラジル人がつくったフットサル場は、大泉町の、固い言い方をすれば「地域社会(コミュニティ)の形成」を実現したのだ。

○大泉町から何を学ぶか

 大泉町の事例にはいくつかの示唆がある。第一は、今後大分が外国人労働力を受け入れるとき、地域社会に同化して(溶け込んで)もらうこと以外の選択肢があるという点である。それよりむしろ、彼らが集住し、そこで地域活動を行うなら、地元の住民が彼らの活動に溶け込んでいくことも必要なのではないかということだ。
 第二は、大泉町にはフットサル場を自分の資金と信用で設立し、運営した外国人がいたということである。彼は、はじめはブラジルに帰国してフットサル場を経営しようと思っていたらしい。それをやめて大泉町につくった。つまり、経営者的な指向を持っていたのだが、それだけではフットサル場は生まれない。すなわち第三に、いつ帰国するかわからない外国人に土地を貸し、設備を置かせてあげようとした人がいたのである。換言すれば、フットサル場は自発的に生まれたがやはり地元から支援されている。戸籍も住民票もない外国人、そして法人格のない任意団体、そんな人や組織を、政策目的にしたがって支援していけるようにすること。これができれば、大分は「国際化」と「地域社会の活性化」を同時に実現することになるのである。
 注:この事例は、私の研究室の大学院生であったチョン・スンギュ君の修士論文によるものである。

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