今回は、JリーグT部(J1)に今シーズンはじめて昇格したサガン鳥栖のことからはじめてみたい。このクラブは1999年のJ2発足時点でJ2に属していたクラブの中で、最後にJ1に昇格した。換言すれば競技成績の向上が一番遅れていたクラブであり、その大きな理由はこれまで潤沢な事業収入を得られなかったことである。また今シーズンJ1で戦っているクラブの中では、唯一クラブハウスを持たない。そこまでお金が回らないのだということである。
クラブハウスについては、現在鳥栖市主導で整備が計画されているので何とかなるだろう。これに対して、解決できない外部与件は、鳥栖市の人口が7万人で、ホームタウンとしてはJリーグのクラブ中もっとも規模が小さいことである。
ホームタウン人口はどれくらいが適正か、あるいは最低限の規模はどれくらいかということについては、とくに経験則がないのだが、ドイツのブンデスリーガを例にあげるなら、この秋からのシーズンにT部リーグを戦うクラブのうち、人口20万人を下回るのは3クラブである。そしてその3クラブには、大きな資金力を持つオーナーがついている。換言すれば、入場料に依存しなくても収入を確保できるし、オーナーの資金力を背景に強いクラブを作ることによって、市外からの入場者を見込むこともできるだろう。つまり、そんなオーナーがいないクラブで1部に残っているのは、ホームタウン人口が20万人以上のクラブだけである。こう考えると、サガン鳥栖のホームタウンはいかにも小さい。
とはいえ、資金力のあるオーナーやスポンサーを見込みにくいとすると、頼りはやはり入場料収入である。そしてサガン鳥栖は、入場者を増やすためにホームタウン活動に力を入れるとともに、アウェー・クラブのサポーターの集客を熱心に行っている。
○鳥栖市の隣は人口30万人の久留米市
サガン鳥栖は逆境に立ち向かうためにいろいろな工夫をしているのだが、一つ、やりにくいことがある。それは、久留米からの集客である。
地図を見ると、鳥栖市は佐賀県の東端にあり、市境の多くが福岡県との境界である。鳥栖市とその北にある基山町は福岡県に言わば「突き刺さった」ような場所であり、鳥栖市の東、南は福岡県で、南側に隣接するのが人口30万人の久留米市、東は小郡市で人口は6万人弱である。久留米市の人口は福岡県では福岡市、北九州市に次いで第3位で、では佐賀県はと言うと最も人口が多いのが佐賀市(約23万人)、2位が唐津市(約12万人)、そして3位が鳥栖市の7万人なのである。そして、佐賀市と唐津市より、久留米市、小郡市のほうが鳥栖市に近い。
Jリーグには、ホームタウンという概念のほかに、活動地域というのがある。クラブは活動地域を超えた営業活動ができない。営業活動の範囲は、ホームタウンのある都道府県に限定されている。したがってサガン鳥栖は久留米市を対象とした活動ができない。しかし、これだけ距離が近ければ、久留米からJR鳥栖駅前のベストアメニティスタジアムまで試合を見に来る人がいてもおかしくないし実際にいるのだろう。サガン鳥栖ファンである。
○ネイバーシティ・サポーター
報道によれば、本年8月9日、筑後川流域クロスロード協議会(福岡県久留米市・小郡市、佐賀県基山町・鳥栖市で構成される任意協議会)において、クロスロード地域がひとつになり、共に発展するためにJリーグサガン鳥栖を応援する「サガン鳥栖応援宣言式」を行った。すでに各市町による共同観戦やサッカー教室の実施など、連携・交流事業を展開している。久留米市、小郡市だけでなく、基山町も鳥栖市に隣接している。
重要なのは、隣接市町村在住のファンをサポーターとして適切に位置づけるということである。しかし、Jクラブにはホームタウン(ないし活動地域)のサポーターとアウェー・クラブのサポーターという概念はあっても、隣接市町村の住民を位置づける概念がない。そこで提唱したいのが、「ネイバーシティ・サポーター(県外を含む隣接市町村に居住するサポーター)」という考えを導入することと、彼らを含めた、ホームタウンないし活動地域外のファン(アウェー・クラブのサポーターを含む)をどのようにもてなすのかという、「ウェルカム・ポリシー」つまり「もてなしの基本姿勢」の策定である。
ここでとくに重要なのは、「もてなしの主体は誰か」、つまり、もてなすのは誰なのかという点である。その主体は、クラブだけでなく、ホームタウンのサポーター、ホームタウン行政、および市民でなければならない。クラブだけではないということだ。これらの人々が共同して「もてなし隊」を編成する。
また、たとえば鳥栖と久留米の関係でいえば、久留米市民が久留米市に勝手にサガン鳥栖のサポーター・クラブを作ってよいということにする必要がある(これは、浦和レッズでは以前から行われているが意外に普及しない)。つまり、クラブ・アイデンティティと地域アイデンティティを持つのが鳥栖市民サポーターで、クラブ・アイデンティティは持つが地域アイデンティティを持たないのが久留米市のサポーターである。
そして、少なくとも年に1試合のリーグ戦(J1ならナビスコ・カップ戦でもよい)を「久留米デイマッチ」とする。この試合には、鳥栖市長が久留米市長を招待し、できれば久留米市内の企業をマッチ・デイ・スポンサーとし、トップチームの試合の前に(芝生が傷むという反対意見もありそうだが)両市の中学生か高校生が対戦し、ハーフタイムや試合の間にはこれらの学校のブラスバンド部やチアリーディング部が登場する。簡単に言えば、鳥栖が久留米を、小郡を、そして基山町を大事にしていることを、できるかぎりの方法で表明する。前述の「サガン鳥栖応援宣言」は、久留米市、小郡市、基山町が鳥栖を応援するものだが、当然この逆がなければならないということだ。重要なのは、そうするのだとみんなで決め、実行することである。だからポリシーが必要になる。
○マーケティングではない
さて、大分トリニータである。J1に昇格してほしいと思う人はきっと多いが、時の運もある。今はJ2だという事実から出発するなら、同じJ2に北九州、福岡、熊本がいる。年1回、リーグ戦にこれらのクラブがやって来る。その時に、アウェーのサポーターの入場を増やしたいと考えるのではなく、これらの地域の市民をどうもてなすのかを考えてほしい。
もてなしの主体は、鳥栖の場合と同様、クラブ、サポーター、市民、そして行政である。イベントとしては、アウェーの知事、市長を招待し、前座でジュニアの試合を開催し、ブラスバンド部やチアリーディング部にも来てもらう。もちろん、トリニータが例えば北九州に行くときは、大分から大挙して出かけていく気概も忘れてはならない。マーケティングや集客ではなく、理念やポリシーを持って、ホーム以外のファンと付き合うことが重要なのである。