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地域経済の発展に向けて

第23回:権限委譲
武藤泰明

 すでに何度か述べているように、これからの世界経済のトレンドは「成長」「振幅」「不足」である。すなわち、新興国が成長して世界全体の経済成長を牽引するが、その成長はインフラや設備など投資主導であるため変動(振幅)が大きい。また新興国の経済成長は需要拡大を意味するので、はじめは生産財、やがて消費財やその原料が不足することになる。不足すれば価格が高騰する。
 こう書くと、これからの世界で日本が生きていくのは厳しそうなのだが(きっとそうである)、いいところもある。それは、新興国の市場が拡大しているおかげで、かつての日本のヒット商品が売れるというところである。スローガンふうに言えば「日本の成熟商品は、新興国の成長商品」ということになる。つまり、新興国で売れるものは、日本の今の売れ筋ではなくて、一世代、あるいは二世代前の主力商品である。
 国内市場に目を向けるなら、この1,2年の消費市場の特徴は「急に売れる」ということであった。補助金で自動車と家電が急に売れる。2010年の酷暑で売れたのは梅干、ウナギの蒲焼、そして冷蔵庫だった。昨年は震災と原発停止を受けて、乾電池と扇風機が売れた。すべて成熟商品である。日本の消費者は、お金を持っている。あまり使わないだけである。使う必要が生じたら、一気に消費が動く。何が売れるのかは、わからない。

○「即応力」の時代

 このような内外の状況が示しているのは、主力商品を安定的に生産販売していれば仕事になる時代では最早ないということである。一時、コア・コンピタンスという言葉がはやり、本業への集中・回帰が指向されたが、それでは今の変化に太刀打ちできない。
 では、どうすればよいのか。求められる能力として最も重要なのは、おそらく「即応力」である。つまり、何かが売れそうだとわかれば、すぐに作れる、供給できる能力である。ではつぎに、どのようにすれば、この供給力を形成できるのか。その源泉は、「つくったことがあること」あるいは「つくっていること」である。ばかばかしいほど当たり前のことに思えるかもしれないがこれが真実である。爆発的に売れるようになってから作ってみるというのでは遅い。作ったことがなければ、生産方法も調達もわからない。

○複数の人に権限移譲する

 いろいろな製品を迅速に生産する、サービスを供給するという場合に重要なのが、権限委譲である。それも、一人の後継者候補に権限を委譲するのではなく、何人かの人に分散する。権限委譲というと、上から下への委譲だと考える。これはこれで正しいのだが、「下」の人数が多いほうがよいということである。つまり、一人で何でも決めるのではなく、分担する。
 なぜそのほうがよいかというと、根拠がある。複雑系という学問領域の成果の一つなのだが、あらゆることについて一人で意思決定するより、複数の人間がそれぞれの分掌事項について意思決定するほうが成果が高くなるのである。ちょっと信じられない話かもしれないがこれは一種の「定理」である。つまり誰かの意見ではなく普遍的に正しい。似たような例として、株式投資では、一つの銘柄に集中して投資するより、分散投資のほうが成果が高くなる。これと同じだと思えばよいだろう。

○みんなの意見は案外正しい
 複雑系のもう一つの成果は、「みんなの意見は案外正しい」である。つまり、みんなの意見の平均を採用すると的確な意思決定になる。「平均的」というと、あまりよい意味で使うことがないがこれも一種の定理である。
 このことをイメージするために、図で解説してみよう。図の▲は、ある組織(会社でも自治体でもよい)の、正しい意思決定を示している。この組織にエリート君(E君)がいて、すべての意思決定を任されているとする。彼の意思決定の内容はeである。これは、▲の「正解」から、左に1単位離れている。ここに、「そこそこ能力のある」、つまりエリートではない普通の人だがちゃんと仕事のできるA君が登場し、自分の見解を述べる。彼の意見はaである。つまり、正しい意思決定から右に3単位離れている。

 A君の意見は、エリート君の意見と比べると、正解からかなり遠い。したがって、無視してもよさそうに見える。またA君の意見はエリート君の意見の反対側にありエリート君の意見からは程遠いため、なおさら無視されがちなはずであろう。しかし、ここでエリート君の意見とA君の意見の平均をとると図のmになる。これは正解から1単位離れているだけなので、正しさの程度はエリート君の意見と同じなのである。さらに、もしA君の意見がaよりもほんの少し左にずれていたとすると、エリート君の意見とA君の意見の平均もmより左に少しずれるので、平均はエリート君の意見より正解に近くなるのである。
 つぎに、付和雷同するF君が登場する。彼の意見はエリート君に似ているが、エリート君ほどには正解に近くない。場所はつねにエリート君の左側(図のf)である。この場合、エリート君とF君の意見を平均すると、エリート君より正解から遠くなる。
 この検討からわかるのは、多様な意見の平均に意味があるということである。言い方をかえるなら、平均に意味があるのは、平均的でない意見、個性的な意見を集めているためである。組織でよくみられるのは、主流派とは異なる見解、つまりA君の意見を捨て、付和雷同型の意見を集めるというものだが、これでは平均に意味がなく、衆愚となる。それなら、エリート君一人の意見に従うほうが得策だということである。

○権限委譲で「働きがい日本一」を目指す

 以上の論理が示すのは、第一に、権限はなるべく多くの人に(多くと言っても程度問題だが、要は一人ではないということだ)委譲すべきだということである。そして第二に、権限を委譲すると言っても委譲して「ほったらかし」にせず、重要な意思決定については、委譲された責任者一人で決めるのではなく、衆知を集めなければならないということである。中央と地方の関係で言うなら、第一の点は、地方分権を支持するものだといえるだろう。また第二の衆知を集める方法としては、道州制が優れている可能性がある。
 民間企業や行政組織について言えば、大分が全国で一番権限移譲が進んだ県になることを目標にするのが面白い。結果として何が起きるかと言うと、大分県が若い人の「仕事の楽しさ」や「働きがい」の指標で、日本一になるということである。優秀な人が集まり、産業立地が進む。そんなことは「言うは易く、行うは難(かた)し」だと思われるかもしれないが、それでいいのである。どの地域でも簡単に実現できることであれば、一位になれない。権限委譲がなぜできるのか、なぜうまくいくのかは「大分の秘密」でなければならない。

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