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地域経済の発展に向けて

第21回:ギリシャ危機と地域経済
武藤泰明

 風が吹くと桶屋が儲かる。一見無関係なものが実はつながっているということを表わす。吹いた風はギリシャ危機で、桶屋は大分である。ただし、桶屋のように儲かることになるのかどうか。むしろ逆か。それが今回のテーマである。

○南欧としてのギリシャ、東欧としてのギリシャ

 ギリシャというと南欧である。そう思っている人がいるしそれで正しいのだが、世界地図を広げてみてわかることは、南であると同時に「東」でもあるということだ。東欧というと旧社会主義圏でありギリシャは入らない。しかし、地図の上ではギリシャは旧社会主義諸国の南に位置している。そして、これら「東」の国々の多くは、IMFからの資金援助の対象国となっている。共通点は「欧州の周辺」だということである。そして、ギリシャは周辺なのだが欧州連合に加盟していて、通貨もユーロである。だから問題がややこしくなる。

○リーマンショック(世界同時不況)との類似性

 ギリシャという、周辺の小さな国の債務危機で、なぜ欧州全体が「痛む」のか。この理由は、ギリシャ国債を保有している金融機関のバランスシートが痛むためである。保有しているのは、主に欧州の金融機関である。日本の国債の95%は、国内で買われている。これに対して、ギリシャ国債を買っているのはギリシャ国内ではなく、国外の金融機関である。だから欧州全体に影響が波及する。この状況は、リーマン・ショックと同じである。リーマン・ショックに端を発する世界同時不況は、米国のサブプライムローンを欧州の金融機関が保有していたことによって起きた。サブプライムローンを保有していた金融機関のバランスシートが痛み、貸し出し能力が低下した。今回は、この痛みが完全に癒える前にギリシャ国債で金融機関の貸し出し能力が低下している。
 欧州の金融機関は、東欧や新興国に400兆円程度の貸し出しを行っている。東欧は西欧から見て近く、新興国の多くは旧植民地である。つまり関係が歴史的に深いので貸し出しも多い。日本の貯蓄は自国の国債購入に振り向けられ、米国はそもそも貯蓄が少ない。だから東欧や新興国に資金を回す余裕がない。結果として、東欧と新興国への資金供給源の主力は欧州である。サブプライムローンのときは、このような理由で欧州と新興国への資金供給が細り経済が停滞した。今回は、東欧・新興国に加えて、西欧で国債の格付けが低い国への資金供給も難しくなっている。ポルトガル、スペイン、イタリアなどがこれに該当する。いわゆるPIIGSである。東日本大震災やタイの洪水も被害が甚大だが、金融機関の資金供給とは関係がないので影響の波及は限定的・局所的である。これに対してギリシャ危機は金融機関のバランスシート問題を伴うので、欧州、そして世界に影響を及ぼす。
 EUがユーロという共通の通貨を持つことが、問題の解決を難しくしている。自国通貨を持つ国であれば、経済危機に直面すれば通貨は切り下げられるが、ギリシャにはそれができない。最近の韓国がウォンの切り下げで爆発的な輸出競争力を獲得して成長したのと比べれば、ギリシャが通貨・財政政策に制約を持つことが理解できるだろう。

○波及の2つのルート:供給不足と需要不足

 欧州の危機は、2つのルートで世界経済に影響を与える。第一のルートは、上述したような「欧州の金融機関から新興国への資金供給が止まること」による。新興国は資金がなければ成長したくてもできない。世界同時不況と同じである。起きる現象は、供給不足である。世界同時不況は比較的軽微で済んだのだが、この理由は、中国が外国資金にあまり依存していなかったことである。中国は自前の資金で投資と輸出を続けた。またしたがって、中国を市場とする国々、典型的には韓国も成長を続けた。
 第二のルートは、欧州の総需要が停滞ないし縮小することによる。つまり、需要不足である。中国をはじめとする新興国も、そしてもちろん日本もこの影響を受ける。これは、世界同時不況の時には生じていない現象である。したがって、今回の問題はこの需要不足ゆえに、世界同時不況より深刻になることが懸念される。
 新興国は、欧州の需要減退と、これに起因する自国の景気後退に通貨切り下げで対抗する。困ったことに、日本にはこれができない。円は逆に高くなった。景気後退期には通常通貨価値は下がるのだが、今回は米国を含む先進国の多くが景気後退の中にあるため、ドル、ユーロ、円の中で、円が消去法で買われる。国内景気停滞ないし後退の懸念があるにもかかわらず通貨が高くなるという困った状況が起きているのである。一方で、原油、あるいは商品(金属、穀物など)市況は行き場のない資金が流入し高いままである。このため円高であるにもかかわらず日本の名目の輸入額は低下しない。輸出は円高で停滞するので結果として2011年度の日本の貿易収支は輸入超過になった。

○大分経済への影響

 円高だけを見ていると、今回の問題の日本への影響は「円高不況」となる。見慣れた光景だといえるだろう。表面的にはそうなのだが、過去の円高不況との決定的な違いは、この円高が日本の競争力‥とくに輸出型製造業の競争力の強さによるものではないという点である。したがって、円高はコストダウン努力で吸収できる限界をとうに超えていると思われるが、幸運なのは、これまでの円高によって、製造業が海外展開を進めていたことである。空洞化回避だけを目的として国内に製造機能を残し続けていたなら、この円高に耐えられなかっただろう。また経産省の海外事業活動基本調査(2009)によれば、日本の製造業の輸出相手の62.6%、つまりほぼ3分の2は自社の海外現地法人である。本社と現法の取引は市場メカニズムではないので、ある程度円高を吸収する仕組みとして機能する。これも円高の影響を少し軽微なものにしているものと思われる。
 大分県の産業構造は日本全体の縮図であると言われる。換言すれば製造業が重要な位置を占めている。その製造業の中で輸出型が多ければ円高の影響を受けそうだが、大手の製造業については、輸出の仕向け先に現法が多ければ、上に述べたような理由で、直接的な影響は緩和されることになる。逆に地場独立系の製造業については現法への輸出はあまりないとすると円高の影響が大きい。地場産業の危機である。

○内需も外需も「外需」

 このような問題を克服していくために必要なのは、内需の中で県外への移出を外需、つまり輸出と考えることなのだろう。ユーロ圏と同じで、国内であれば為替レートの問題はない。もちろん輸入品との競合はあるが、国内企業間の競争力が為替レートで一気に変わることがないだけ安定している。円高は調達コストの低減と捉えていけばよい。大分の最大の輸出相手を日本にすることが重要なのである。

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