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地域経済の発展に向けて

第20回:地域産学連携
武藤泰明

 産学連携は、よく言われるわりに、世の中で誤解の多いものの一つである。そこで、誤解をあらためることから始めてみたい。
<誤解1>大学の研究は、社会や産業にあまり役立たない。したがって、産学連携がうまくいくことは稀であるし、大学、とくに教員は産学連携にあまり関心がない。
⇒古い話をするなら、日本の大学、とくに国立の工学部は、その設立に際し西洋の技術を導入し、企業を指導して産業化すること、つまり、今で言う産学連携を重要な使命としていた。そう書くといかにも明治期の話のように思えるが、このような技術導入は第二次大戦後も積極的に行われてきた。20世紀末には海外からの技術導入は減少し技術革新へと課題が変わるが、大学と産業界との連携は連綿と続いている。
 もちろん、産業と無縁の学問領域も多い。しかし、工学など応用科学の分野では、産業界から情報や研究資金を得ることが研究を進めていく上で重要なので、大学の研究者は産業界が何を求めているかに敏感であり連携にも前向きである。
<誤解2>大学は基礎研究を行い、産業界はこの成果を利用して応用研究や製品開発を行う。
⇒技術導入の時代には、大学=基礎研究(コストは小さいが成功確率が低い)、産業界=製品開発(コストがかかるが成功確率が高い)と言う役割分担が比較的明確であった。しかし現在では、技術革新について、大学と産業界の関係は「共進的」なものであると考えられている。
 共進的とは何か。いろいろなパターンがありそうだが、たとえば、大学と企業がそれぞれ無関係に行っていた研究開発や製品開発が出会い、新たな製品が生まれる。昔からありそうな身近な例としては、企業が「健康に良い」と言って販売していた(そのかわりどのように健康に良いのかは証明されていない)製品について、大学がその効能を研究によって実証するといったものがあるだろう。
<誤解3>産学連携の恩恵を受けるのは大企業である。
⇒大学が連携する相手の中で、中小企業の割合が高まっている。この理由は、一つには製品化にコストがかからない産業分野が増えたことである。この分野にかかわる大学の研究者、典型的にはITやバイオのなどの研究者が中小企業との産学連携を行うことが増えている。
<誤解4>産学連携は、技術系の分野で行われるものである。
⇒この連載の第1回にも書いたことだが、イノベーションを「技術革新」とするのは誤訳で、正しくは「革新」であり、この言葉を生みだしたシュムペータは「新・結合」と説明している。技術に限らない。経済学や経営学、あるいはマーケティングでもイノベーションは生まれるのであり、これに大学が関与する。

 以上をまとめるなら、産学連携は技術系に限ったことではなく、中小企業でも可能であり、連携に熱心な大学や教員も少なくない。そして企業は大学の研究成果を受け取るだけではなく、一緒に何かをしていくものだということである。

○ポジティブ・フィードバック

 では、企業が産学連携に熱心になれば成果が生まれるのかと言うと、やはりそれほど簡単なことではない。イノベーションや研究開発は、そもそも成功確率が高くないものなので、企業と大学が一緒にやればかならずうまくいくというものではないのである。とはいえ、次第に認識され始めているのは「連携を続けているとうまくいくことが多い」ということである。この理由は、連携を続けていると、企業(社員)の側に知識が大学から移転され、新しいものを生み出す、あるいは新しい事実に気づく機会が増加することによるものらしい。要は社員の能力向上である。固い言い方をするなら、連携の経験や知識移転が企業にプラスの効果を与える。ポジティブ・フィードバックがあるということである。イメージとしては図のようになる。そして、連携を続けることによって、成果が生まれやすくなっていくのである。

図 産学連携とその効果の経路

注:@〜Eは時間的な順序を示す。1回目の連携@がAの知識移転を生み、企業がレベルアップすることで次の連携CによるDの成果が生まれる。また連携の結果として社員の能力が向上することで、連携外Eでも効果が生まれやすくなる。

○大学はそこにあり続ける

 最近になって大学が評価されている点は、大学が「そこにあり続ける」という点である。企業なら移転することがあるし、本社は移転しなくても研究拠点が移転することもあるだろう。これに対して、大学は「いなくなる確率」がきわめて低い組織である。したがって、企業は安心して連携を進めることができるし、産学「官」連携を進める場合に、大学を「官」のエージェントとして位置付けることも可能であろう。たとえば、産学官連携組織の事務局を大学に置いてそこで定期的な会合やイベントを実施するとか、技術情報の蓄積を大学で行うことなどが考えられる。インターネットの時代に立地などどうでもよいと考えがちだが、たとえば、大分県内の私立大学が福岡や熊本に移転したら、その大学と地域産業との連携は難しくなるはずである。つまり、大学は、県経済発展のための知識拠点になれるしそうなるべきなのだ。

○政策への期待:産学から産学「県」へ

 では、産学連携のために地方行政にできることは何か。指摘しておきたいのは、産学だけではできない開発テーマがあるという点である。
 産学連携の成功事例としてよく取り上げられるものに「鉛フリーはんだ」がある。鉛を使わないので環境にやさしいというメリットはあるもののコストがかかるので、鉛の使用が規制されない限り企業は開発に取り組みにくい。そのかわり規制が強まれば開発者利益が大きくなる。このような、「産学」だけではできないような開発、政策目的に適う開発を誘導することで、新たな地場産業の形成や、地元企業の競争力強化が実現されるものと思われる。

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