○イッツ・ア・スモール・ワールド
イッツ・ア・スモール・ワールドというと、東京ディズニーランドのアトラクションを思い浮かべる人が多い。「小さな世界」「世界は一つ」というメッセージを、いろいろな民族衣装を着た子供の人形が歌う中を乗り物で移動する。
英語圏の人たちはこの言葉を、日本語ふうに言うと「世間は狭い」の意味で使っている。たとえば、新幹線でたまたま隣り合った席に座った人と話をしてみたら、自分の小学校の同級生と会社の同僚だったりする。タモリの「笑っていいとも」のコーナーの一つであるテレフォンショッキングふうに言えば、「友達の友達は友達」みたいなことである。
私自身の経験で言えば、男子バレーボールの東レ・アローズの部長と話をしていたら、私の中学から大学までの仲の良い同級生と東レ入社が同期で、同社の海外拠点でその同級生と一緒に仕事をしていたことがわかった。彼はバレーボールの経験はないが、東レ三島工場の事務部長なので、自動的に男子バレーボール部の部長である。
○世界は6人で結ばれる
では、実際に世間はどの程度狭いのか。ミルグラムという社会学者が面白い実験をしている。実験と言っても社会実験で、まず、どこか遠いところに住んでいる、あまり有名でない人を一人選ぶ。この人が「手紙の受取人」である。手紙を出すのは、この受取人のことを知らない人々で、手紙を本人に直接郵送することはできない。たとえば、手紙の受取人は「アフリカのマサイ族のとある部族のリーダーの息子の第二夫人」で、差出人は私や皆さんである。
差出人は、手紙を知り合いに託す。託された人は、自分よりも受取人に近いと思われる人に、さらに手紙を託す。こうして、何人かの人の手を経て、手紙は無事に受取人に着く。着かないで途中で行方不明になる手紙もあるのだが、無事に着いた手紙は、平均して何人の手を経ているかというと6人である。7人目で、目的の受取人に届く。この人数は、直観に比べるとかなり少ないはずで、だからこの調査結果は有名で、「スモール・ワールド問題」と呼ばれている。
たとえば上の例で差出人が皆さんである場合を考えてみる。仲介者は、つぎのようにイメージできる。
【例1】
1. 大分銀行の支店長
2. 同行本部の部長
3. 総合商社の福岡支社長
4. 同社の本社の課長
5. 同社のナイロビ(ケニアの首都)駐在員事務所長
6. 受取人の部族と取引のある現地のビジネスマン
で6人である。総合商社経由以外にも「三菱東京UFJ銀行ルート」「キャノンルート」なども考えられるかもしれない。意外にも手紙は届く。
では、差出人が中学生の場合はどうか。
【例2】
1. 学校の社会の先生
2. 先生の大学の同級生(上海駐在)
3. ロンドンにいる同僚
4. 取引先の知り合い(英国人)
5. この英国人の会社のダルエスサラーム(タンザニアの首都)駐在員
6. 受取人の部族と取引のある現地のビジネスマン
で、やはり6人。6番目の人は、例1の6番目と同じ人かもしれないし違うかもしれない。いずれにせよ手紙は届く。
○手紙はふだん疎遠な関係をたどる
さて、仲介者6人と言うのは驚くほど少なくて、だからスモール・ワールドなのだが、つぎに考えてみたいのは、この6人、および皆さんの人間関係である。例1で人間関係が「強い」と思われるのは、「1と2」つまり、同じ銀行の行員どうしである。同様に「3と4」「4と5」も関係が強い。これに対して、「2と3」は、中学の同級生で、何年も会っていないような間柄かもしれない。あるいは、大分銀行の部長と商社の支店長の夫人同士が同級生ということもあるだろう。そして、スモール・ワールド実験の結果が示しているのは、6人の仲介者の中には、このような、ふだんあまり関係のない人が含まれているという点である。このような疎遠な関係を活用できなければ、アフリカまでは、なかなか手紙は届かない。換言すれば、疎遠な人間関係が世界を小さく、狭くしている。そして、このような関係は「弱い絆」と呼ばれている。
○弱い絆は人間関係を広くする
一緒に暮らしている家族、仕事の同僚、毎週会っている取引先などとの関係は「強い絆」である。このような人間関係は頼りがいのあるものだが、それだけでは社会に広がりが生まれない。自給自足している未開民族を想像してみるとよいだろう。知り合いは、視野の範囲に限定される。何人か、何十人か、そんなものである。
そこまで極端な例でなくてもよい。たとえば転職しようという人に新しい仕事を紹介してくれるのは、ふだんよく付き合っている人ではなく、あまり関係のない人であることが多い。新しい取引先を紹介してくれるのも、ふだん付き合いのある取引先ということは多分少なくて、あまり付き合いのない人なのではないか。あるいは、転職先や取引先の情報を持ってきてくれるのは「強い絆」で結ばれた人だとしても、その人の先、向こう側には、ふだん何の関係もない人が介在している。
○「弱い絆」と経済の発展
ここで、皆さんが取引先を増やすことを考えることにしよう。これがうまくいくと、皆さんの会社は成長し、県経済も発展する。そして、上の論理に従うなら、発展のためには、皆さんが「弱い絆」で、いろいろな人と繋がっていることが重要なのである。
つながる相手は、見込み客である必要はない。何しろ、6人いれば世界の果てまで、どこへでも行け、誰とでも繋がれるのだ。それに、仲介者が間に入ってくれるほうが、さまざまな「弱い絆」へと、さらに繋がりが広がっていくはずだからである。とりあえず繋がる相手は、仕事と何の関係もなくてよいということなのだ。そういえば「釣りバカ日誌」の主人公の浜崎伝助(ハマちゃん)は鈴木建設という中堅ゼネコンの営業担当のヒラ社員なのだが、彼はときどき、釣り仲間、というより釣りの「弟子」から大きな仕事を受注する。これを「一芸は身を助く」と解釈してもよいのだけれど、弱い絆とみることもできるのである。