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地域経済の発展に向けて

第18回:供給力の時代
武藤泰明

 東日本大震災を産業・企業の観点からみた場合、わかったことがいくつかある。第一は、震災の被害が、企業部門においてかなり大きかったという点である。よく報道されるのは住宅、公共インフラ(港湾、道路、鉄道)の被害、そして原発・電力供給の問題だが、三菱総合研究所の試算によれば企業部門(設備+在庫)の被害(毀損額)は5.9〜7.9兆円であり、これは社会資本や住宅の毀損額より大きい。これはおそらく、宮城県の産業集積が海岸部に近かったことによるものである。
 第二は、東北地方が、世界への部品供給基地になっていたという点である。東北は日本企業だけでなく、世界の産業をものづくりで支えていた。そして第三はSCM(サプライチェーン・マネジメント)の考えに基づく供給チャネルの効率化やサプライヤーの集約がリスクマネジメントの観点からは脆弱なものだったという点である。ものづくりの集積地が被災したことによって、世界レベルで「不足」が顕在化した。

○世界経済の成長と「不足」の日常化

 東北の産業集積がどのように回復していくか、あるいは海外移転も含めて再配置されていくのかはまだわからないが、指摘しておきたいのは、このような「不足」が、実は震災とは関係なく、世界的なトレンドになっているという点である。
 すでにこの連載でも一部指摘したことだが、現在の世界経済には3つのトレンドがある。第一は「成長」で、牽引するのは新興国である。第二は「振幅」で、新興国が投資主導型の成長を実現することにより、成長率の振幅が大きくなる。日本や米国のように、経済の中で消費が60%〜70%を占める経済構造の場合、大きな変動がない。消費とは違い、投資は「振れる」「ぶれる」ということである。そして第三が成長に伴う物資の「不足」である。新興国の成長が投資主導型である間は産業材が不足する。そしてこれらの国が豊かになり生活水準が向上すると消費財も不足するようになる。不足の結果は価格高騰である。このため日本では景況に関係なく物価が上昇するようになる。

○国内需要の急増による「不足」

 世界経済トレンドと関係のない「不足」も、最近よく見られるようになっている。いくつか例をあげるなら、新型インフルエンザ問題で、手指の消毒液とマスクが不足した。これらは一過性では終わっていない。消毒液もマスクも常備されるようになった。2010年の猛暑では、家計調査によれば、売上が急増したのは1位から順に「うなぎの蒲焼」「梅干し」そして「冷蔵庫」であった。エアコンが3位以内に入っていないのは設置に人手がかかるためである。エアコンそのものは不足していないが、設置のための人的サービスが不足した。エコ住宅に対する補助金のおけげでグラスウールも不足し、施工スケジュールに影響が出ている。これらの例に共通しているのは、需要が急増したことである。年配の方なら、第一次石油危機の折にトイレットペーパーが店頭から消えたことを覚えているかもしれない。これは典型的な風説だが、最近の不足は実需による。

○供給経験が重要

 さて、このような不足に適応し、企業が成長していくためにはどうすればよいか。2つの点を指摘しておきたい。
 第一は、当たり前すぎることだが、供給経験のない商品は供給できない、しにくいという点である。製造業であれば、つくったことのない製品を急につくろうとしても無理である。小売業も、取り扱ったことのない商品を仕入れるとなれば、その商品の品質、納期、調達の安定などを確認しなければならないだろう。このような問題を克服するためには、急成長しそうな商品を普段から生産する、取り扱うことが重要で、経営者には予見力が求められる。予見力と書くとあやしい占いみたいなものに思えるかもしれないがそうではなくて、「地球温暖化、ヒートアイランド現象」「国のエコ政策」「電力不足の懸念」といったトレンドから理詰めで売れ筋を考えることが基本である。このような予見に基づいて取り扱った商品のうち、いくつかは劇的に伸びることになる。

○調達競争の時代

第二に、すでに該当する商品を供給している企業にとって、不足は企業間の調達競争をもたらす。調達を実現した企業が成長し、利益を生む。調達できない企業は停滞することになる。たとえば太陽光発電装置用の液晶パネルについては、調達の安定・確保を目的とした垂直統合が進んでいる。市場取引で購入しようとしても入手できないので、製造会社を買ってしまうということである。
 このような状況で供給不足をおこさないためには、ある程度多めに調達しておくことが安全である。世界経済の「成長」の結果として必ず需要が伸びるのだとすると、このような判断が合理的であろう。

○「調達」と「振幅」の兼ね合い

しかし一方で、「振幅」というトレンドもある。調達した原材料や部品を使って生産しても仕向け先の需要が急減するというリスクがある。
 輸出型ビジネスが直面する問題は、新興国ではSCMが進んでいないという点である。このため、小売、卸などの流通段階で、それぞれの事業者が需要拡大を見込んで多めに在庫を持とうとする。結果として、生産依頼は実需よりはるかに大きな規模になる。このような状況で急速に需要が低下すると何が起きるのかについては、いわゆるリーマン・ショックで経験済みである。救いがあるとすれば、新興国が1年程度でリーマン・ショックから立ち直り成長軌道に乗っているという点である。リーマン・ショックは「金融不況」であり実需とは無縁に起きたものなので、産業に対する資金供給が戻れば需要に応じて経済が再成長するということである。

○適正在庫の見直し

 企業経営に求められるのは、このような需要変動(振幅)を意識しながら、需要拡大に応じて調達を確保し、供給を実現することである。企業の成長力格差は供給力があるかどうかによって決まる。そして供給力は調達力である。したがって、これからのSCMは、コストの最小化だけでなく、調達の安定化という観点を加えて構築されなければならないし、結果としてある程度在庫が多くなる。在庫の増加はコストの最小化と矛盾するので、経営者は判断に悩むところだろう。
業種にもよるが、いったん過剰になった在庫を処分しなくてもよい(いずれ売れる)という前提を置けるなら、現在の低金利であれば在庫を増やしても金融収支の影響は比較的小さい。資金繰りはきつくなるが、在庫が必要だとするなら、企業がしなければならないのは、在庫削減以外の方法で資金繰りを改善することであろう。コストダウン目的のSCMという「局所最適化」は、おそらく成長を阻害するのである。

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