よく、大分県は日本の縮図であると言われる。産業について言えば製造業の割合が高く、この連載でも指摘したように移出入(国で言えば輸出入)も多い。自然の面では、海があって山がある。今回取り上げてみたいのは山、というより森である。
大分県の森林面積は約45万ヘクタールで県土の71%を占める。日本全体では67%なので、まあ平均的であるということができるだろう。県の森林蓄積は1億1千万立方mである。
○大分の森林で二酸化炭素を削減する
森林の効用は多い。水源の涵養と治水、木材や農産物(シイタケなど)の産出が基本的なものだが、近年になって重視されるようになったのが、二酸化炭素(CO2)の固定による地球温暖化防止の役割である。
大気中のCO2濃度の上昇を防ぐ方法は、CO2の排出を減らすか、大気中のCO2を固定するか、どちらかである。世界的な枠組としてはCO2排出削減が求められており、削減目標を達成できない国、というより企業は、排出権を購入して超過分と相殺する。いわゆるカーボン・オフセットである。京都議定書では、新興国の工場などでCO2排出の少ない設備を導入すればそこで「排出権の余剰」が生じ、先進国がこれを購入する仕組が設けられている。地球レベルでは有意義な仕組だとは思うが、これに関与するのは新興国と先進国の企業だけである。日本の地方が主体的にCO2削減に貢献するには、これとは別の仕組を構築することが必要になる。
すでに多くの都道府県は、独自に「森林を活用したCO2削減のための活動」を実施している。大分県でも、「企業参画の森林づくり」という制度が策定されている。対象になっている森林の面積は、表のとおり357ha程度である。
表 企業参画の森林づくり:対象森林面積
資料:大分県 森との共生推進室ホームページ
http://www.pref.oita.jp/site/minnanomori/taisyousinnrin.html
357haというと広い。しかし、県の森林面積は前述のように45万haなので、357haはこの0.08%に過ぎない。広いが少ない、ということである。
○45万haすべてを活用するビジネスモデル
357haを地道に拡大していくことには、もちろん意義がある。ただそれだけでは、45万haには、なかなか到達しないだろう。4.5万haにも届かないのだろうと思う。そこで、以下では発想を根本から変えて、45万haを、いわば「まるまる」大気中のCO2削減に活用する方法を考えてみたい(なお、それが現在の制度で認められるかどうかは考えない。制度を前提にすると発想が広がらないし、必要であれば制度が変わるはずである)。
ビジネスモデルは図のようなものである。解説すると以下のようになる。
1) 森林の所有者は、企業に対して森林を有償で貸与する。
2) 企業はこの森林の運営を、地元の事業者に委託する。
3) 地元の事業者は運営受託者として、森林の保全、木材の生産・出荷など、要は「林業」を、これまでどおり実施する。
4) 企業は森林を賃借しているので、言うなれば林業を会社の事業として実施することになる。したがって、森林を借りている企業は、事業の結果として、森林によって大気中のCO2を削減することになる。これは事業なので、その企業が実施している他の事業(要は本業)で排出しているCO2と、林業で生み出すCO2とを「オフセット」できるかもしれない。
この「林業」の採算は、おそらく赤字である。企業が森林所有者に支払う賃借料は、この赤字を解消するのに必要な額だと考える。つまり、森林所有者の林業の収支は、収入と支出が同額になる。企業は賃借料を支払うだけ(厳密に言えば企業は林業で収入を得、これを委託費に充当する。委託費は不足するので差分を賃借料として森林所有者に支払い、森林所有者は経費を差し引いた後運営事業者に支払う)なので、企業の事業としての林業は赤字になる。この赤字が、生み出しているCO2のオフセットに必要なコストより小さければ、企業は森林を借りて林業に参入することに、経済的な意味がある。そしてそうであれば、県内のすべての森林は、CO2の削減に苦労している数多くの企業に貸し出されることになる。
林野庁のホームページを見ると、森林のCO2吸収量の例が載っている。樹木や樹齢によっても違うが、たとえば樹齢30年程度のブナ林だと1haで年間4.6トン、スギだと7.8トンである。仮に大分県の森林のCO2吸収量が1haあたり年平均5トンだとすると、森林面積は45万haなので総吸収量は年間225万トンになる。比較のためにキャノングループが開発・生産・販売活動で排出しているCO2は2009年で87.5万トンである1)。つまり、大分県全体でキャノン3社分近くの二酸化炭素をオフセットできる。
○地元にとっての意義は何か
地元にとっての意義は何か。第一には、何より森林の保全である。第二に、森林所有者や林業者だけでは、採算があわないために実施できなかった事業ができるようになる。結果として、雇用が拡大し、林業の産出が増加する。企業が支払う賃借料は、民間による一種の補助金のようなものだと考えることもできる。
問題もある。それは、「実は大気中のCO2は削減されていない」という点であろう。地元が所有していようが、企業が賃借していようが、森林が吸収するCO2の量は変わらない。植林などで森林面積が拡大すれば別だが、間伐や材木の生産をすれば短期的にはむしろ吸収されるCO2の量は減少するかもしれない。そしてそうであるなら、このビジネスモデルは「まやかし」のようなものだということになるのだろう。
まやかしにならない、つまり実質的な効用はないのだろうか。可能性は2つある。第一は、このビジネスモデルは大分県以外でも適用できるので、都道府県は森林の貸し出しの競争をするだろうという点である。競争によって、事業コストの低下や、CO2の吸収量増加が実現される。第二は、森林を借りる企業が、自ら林業経営に参画し、より高い成果をあげようとすることである。後者の方法は、前回述べた「県外からの人やアイデアの導入」である。県外企業が県内の森林を借りることは、同じく前回の「県外からの投資(資金投下)」に該当する。県内外の人材と資源が協調することによって成果が生まれるのは、スポーツキャンプも工場も森林も同じことなのだろう。
1)http://canon.jp/ecology/management/assurance.html