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地域経済の発展に向けて

第9回:スタグフレーション・・円高のつぎに来るもの
武藤泰明

円高である。本年初は1ドル93円前後で、90円程度の状態が1年続いている。2007年7月には120円だったので、25%の円高ドル安ということになる。ユーロのほうは160円が130円になり、2割程度のユーロ安。これも急落と言ってよいだろう。

円高でも景気が回復する理由

そのわりに、日本の製造業は回復しはじめている。政府は景気の「二番底」を心配しているが、問題は国内の需要不足であって輸出不振ないし製造業不振ではない。換言すれば、円高は日本経済にとって、決定的な「重し」には、なっていないということだ。この理由は、自動車やエレクトロニクスなど、輸出型の製造業が生産拠点の海外移転を進めてきたからである。

生産拠点の海外移転とは、いわゆる空洞化である。空洞化というと日本経済にマイナスの影響があると考えてしまうが、今回の「円高の下での景気回復」は、空洞化のおかげで実現されることになる。時代は変わったということである。

問題は物価下落より需要不足

円高の影響として、輸入物価が低下している。物価が円高のおかげで低下すれば、国民の実質的な購買力は高まることになる。つまり、円高は歓迎してよい。常識的に考えるなら、自国の通貨が弱いことを喜ぶというのは、ちょっとおかしい。その意味では、日本もやっと「まとも」な状態になりつつあるということができるのだろう。

今の日本にとって、円高より深刻な問題は需要不足である。需要の主な構成要素は、個人消費、住宅取得、企業の設備投資、そして政府支出である。消費は伸びないし、設備投資や住宅着工も期待できない。政権交代のおかげで景気刺激のための政府支出もなかなか実行されない。因みに、政権交代の結果、停止された政府支出は3兆円近くになる。日本経済の規模はおよそ500兆円なので、およそ0.6%、景気が下振れしたことになる。

需要が少なければ、物価が下落する。真性のデフレである。念のために言えば、物価上昇とインフレは違う。物価下落とデフレも別のものである。インフレは、需要が強くて物価が上昇する状態である。デフレでは逆に、需要が少ない結果、物価が下落する。

円高で物価が下がるのは需要とは関係ないのでデフレではない。ただの物価下落である。国民の購買力が結果として上がるなら、これは歓迎してよい。これに対して、デフレによる物価下落は困る。現在の日本は、需要不足と円高という2つの要因によって、物価が大きく下落している。解決しなければならない問題は、円高ではなくて需要不足のほうである。

世界はインフレ、日本だけデフレ

中期的な問題は、たとえ為替レートが現在の水準で推移するとしても、輸入物価が上がるかもしれないというところにある。この理由は、世界全体の成長余力が高く、需要が強いためである。需要が強ければ基調はインフレとなり物価が上昇する。

そんなはずはないと考えている人が多いのだろうと思う。世界同時不況の影響によって、多くの国で景気が後退している・・のは事実だが、これは米国発のサブプライムローン問題に端を発する「資金供給不足」によるものである。つまり、成長余力のある国や地域に、突然お金が回らなくなったことが原因である。資金が供給されるようになれば、世界は再び成長を始める。成長が始まれば、鉱物資源に対する需要は増加する。新興国が豊かになれば、食料価格も高騰するだろう。それだけではない。たとえば、古紙も鉄くずも高くなる。いろいろなものの価格が上がっていくということである。

つまり、これからの経済の基本的な構図は「世界はインフレ、日本はデフレ」なのである。そして、世界のインフレが資源・食料輸入を通じて、デフレの日本に物価上昇をもたらすことになる。このような「景気後退ないし低迷の下での物価上昇」を、スタグフレーションという。

もし、日本の経済が無事に回復軌道に乗ったとしても、世界全体のインフレ基調は日本とは無関係に進行する。この場合、日本では低成長と物価高が同時に実現するか、あるいは物価高が成長を阻害することになる。もし、この段階で円高がおさまり円安に振れはじめているとすると、輸入物価はさらに上昇するので経済の回復は難しくなる。つまり、これも意外に思われるかもしれないが、日本経済は円高のおかげで何とかなるのである。

資源と食料の輸入依存度を下げる

さて、以上から導かれる結論は、資源や食料について、輸入依存度を下げるべきだということである。そんなことは、できるはずもない。日本は資源に乏しく、耕地も少なく、人件費が高い。だから資源を輸入するのは必然で、食料を輸入するのは合理的であるということになっている。たしかにそうかもしれないが、その度合いを下げていく努力をしなければならないのである。

具体的な課題をいくつか示してみたい。

第一は、石油依存度を下げることである。二酸化炭素排出量を減らすことは地球レベルで重要なテーマだが、国益の観点からも、石油から太陽光、風力、あるいは水素などのエネルギーに転換していくことに大きな意味があるということなのだ。欧州各国が太陽光発電に補助金を出し、低燃費の乗用車を優遇しているのも、それが環境保護だけでなく、国益につながるからである。

念のために言えば、代表的な石油代替エネルギーの一つであるバイオエタノールは、もし輸入するのであれば、経済的な効果は限定的である。もちろん、輸入されるバイオエタノールの価格が石油より安ければ、石油からバイオエタノールへの転換は、輸入物価の高騰を防ぐのに、ある程度有効である。しかし言うまでもなく、国内で生産されるエネルギーのほうが、輸入されるバイオエタノールより、経済の輸入依存度を下げることになる。

第二は、基幹的な農林水産資源の自給化をすすめることである。たとえば、日本の山林は手入れされず、一方で木材を輸入するのはおかしい。農林水産省が昨年12月に公表した森林・林業再生プランでは、木材の自給率を現在の20%から10年後に50%以上にすることが目標になっている。50%というと、1960年代後半の自給率である。非現実的な高さにも思えるが、抜本的な施策が必要なことは確かである。

食料の自給率が40%を下回っていることも、放置できない問題である。食料というと安全保障の観点から議論されることが多いが、重要な食料の国際価格が上昇を基調とし、かつ乱高下するなら、経済的な観点からも国内供給を真剣に考えておく必要があるだろう。

このように考えるなら、地方がすべきことが見えてくる。山林の整備、そして耕地の拡大・利用と食料の増産である。代替エネルギーによる発電も、大都市より地方のほうがやりやすいだろう。どれも当面はコストがかかるが、いずれ海外との価格差は小さくなっていく。そうなってから急に代替エネルギー、農林水産業の振興と言っても間に合わない。日本経済の安定のために、地方が先行投資すべき時代に差し掛かっているのである。

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