中央−地方格差。昔からよく言われる。気にしている人、是正したいと思っている人が多い。とくに地方ではそうである。要は、地方を豊かにするためにはどうすればよいのか、というテーマである。
東京から大分に来てみると、道路が空いているのが有難く嬉しい。見方によっては、投資効率が低いということになるのだろうが、反対側からみれば、東京より余程豊かである。
豊かさの指標もいろいろある。QOL(Quality of Life: 生活の質)のように、総合化を試みるものもあるが、以下では、経済指標、それも国(県)内の一人あたり総生産(=総支出)だけをとりあげて、大分と日本、東京、そして世界を比較してみたい。
日本は「一人あたり」では豊かではない
まず表1は世界各国の一人あたりGDP(2006年)である。ちょっと驚くのは、日本が19位だということだ。意外に低い。日本人は、日本が世界第二の経済大国だと思っている。「一人あたり」ではなく、全体としてはそうである。おそらくきわめて近い将来に中国が日本より上に来るのだが、それでも世界第三位であり、経済大国であることに変わりはない。国として見れば大国である。しかし、人の側から見ると19位で、大国でも何でもないし、とくに経済的に豊かであるということもない。
大分は東京の二分の一だが全国平均の90%
つぎに都道府県別を見る(表2)。予想通り東京が飛びぬけて高い。東京を100とすると大分は48、つまり約二分の一であり、格差は大きいと言うべきだろう。ただし、気をつけなければならないのは、「一人あたり」の分母は、居住人口だという点である。東京は夜間より昼間のほうが人口が20%、実数でいうと250万人多い。250万人というと、大分県2つ分である。それだけの人口が、主に周辺の県から東京にやって来て、9時から5時まで生活する。電車やバスに乗り、買い物をし、食事する。必然的に総支出が多くなるが、分母にはこの250万人が入らない。要するに、東京の数字は、「都民一人あたり」とは、かけ離れていると考えるべきなのである。だから、2位の愛知県ですら東京の三分の二になってしまう。埼玉、千葉、神奈川がいずれも平均を下回っているのも、おそらく同じ理由による。これらの県の人々は、東京の生産と消費に貢献しているということなのである。
全国平均は、10位の栃木と11位の山口の間である。つまり、平均より上が10都府県、下が37道府県ということになる。また、全国平均を100とすると、大分県は90である。平均より下だが、それほどの格差ではないと言ってよいだろう。順位でも大分県は20番目なので、中央値より上にある。つまり、大分県は東京の半分だが全国と比べると平均的な水準の県なのである。
日本は世界19位、大分は世界23位
つぎに、都道府県を世界と比べてみることにしよう。東京は、ノルウェーに次いで世界第3位である。さすがに高い。愛知県は米国のつぎで9位、大阪府はフランスの次で18位になる。大阪は都道府県の中では第3位なのだが、世界での順位は19位の日本とあまり変わらない。そして、大分県はイタリアに次いで23位、日本で最下位の沖縄も、韓国よりかなり高い。仮に大分県が独立したとすると、一人当たりの経済水準は世界23位で、19位の日本とあまり変わらない位置になる。このように見るなら、国内の格差は、世界レベルでの視点からは、かなり小さいものだということがわかる。大分県も他の道府県と同様、堂々たる「豊かな先進国」の一つなのである。
○欧州北部の小国に学ぶ
さて、現状はそうだとして、もう一つ考えておきたいのは、日本と大分の今後である。表1の世界ランクに戻るなら、上位にノルウェー、アイルランド、スイス、デンマーク、スウェーデン、オランダ、フィンランドがある。いずれも、人口、経済規模ともに大きくない。この7カ国の中で人口が1000万人を超えているのはオランダだけである。最少はアイルランドの約420万人で、大分県に比べれば多いが、小国だと言ってよいだろう。つまり、欧州北部の、比較的小規模な国で、一人あたりGDPが高い。そしてこれらの国の多くでは、税率が高く、社会保障が充実している。「市場原理」「小さな政府」「個人の自己責任」といった、何十年かにわたり日本が保ってきた原理とは正反対の国でもある。
このような事実を見ると、日本や大分、あるいは日本の地方は何を目指すべきなのかについて、根本から考え方を変えなければならないのではないかという思いに至る。大分が目指すものは、もちろん米国ではないが、日本でもないし、東京でもなさそうである。その意味では、中央−地方格差という認識枠組は、変えていく・・というより相対化し、欧州の小国に学ぶことを始めるべきなのだろう。
そして、日本という大国は大きすぎるので、上の7つの国に学ぶことが難しい。換言するなら、日本が国全体としてこれらの国をモデルとし、このモデルを都道府県にも適用していこうとすることは、おそらくない。豊かさの新たなモデルは、国ないし中央からは提供・提示されないだろうということである。それができるのは、いまのところ県、あるいはそこに所在する住民や企業だけなのではないか。