1.厳しい現況、明るい予測
日米欧各国・地域の直近の四半期経済成長率は、年率換算すると2ケタのマイナスである。アジアもかつてのNIEsなど先進地域は深刻な不況が続いている。先進国の巨大企業のいわば象徴であったGMも実質的に破綻し、回復の道のりはいかにも長い。しかし一方で、2010年以降についての各国・地域の予測を見ると、すでに回復が予見されており、したがって景気の底打ちは、意外に早そうである。
このような、厳しい現況と明るい予測とのギャップに、違和感をおぼえる人も多いだろう。しかし、IMFやOECDの昨年来の経済見通しを見てわかるのは、このような早期の回復が、かなり早い段階から予測されていたということである。各経済機関は、不況の深刻度については、とくに初期には認識していなかった。このため、予測値が改定されるたびにマイナス幅が大きくなっていったのだが、回復が2010年からであるという予測は、当初から変わっていない。状況の認識が的確だったということである。
不況の特質と回復の道程
その「状況」つまり現在の不況の特質は何かというと、「新興国不況」「製造業不況」である。これは、日本が高度経済成長期に経験した不況と似たような性格を持っている。すなわち、「需要は強い」「企業の投資意欲も高い」「資金需要も多い」というのが基調で、経済は成長を基本とする。かつての日本は、設備投資が多く、モノを作りすぎてこれが在庫過剰を招来し、また景気過熱期には金融の引き締めもあったことにより、言わば「教科書どおり」の景気循環を経験することが多かったように思うが、欧州の一部を含む新興国で起きているのは、欧州先進国からの資金流入が急速に減少したことに伴う事業資金不足であった。金融政策ではなく、「事件」によって資金の流入が止まってしまったのである。
その「事件」とは、サブプライムに代表されるような派生証券(ないしこれに類似する投資商品)を欧州の金融機関が買い、この証券のデフォルトによってこれら金融機関が経営危機に直面ないし破綻したということである。このような金融商品の買い手が米国の金融機関でないのは、米国の貯蓄率が低いことによる。同じ理由で、米国の金融機関はあまり新興国向けの債権を持たない。日本の貯蓄率は低下したとはいえ米国よりかなり高いが、こちらは政府債務がきわめて大きいので海外に回すお金がない。また欧州諸国からみると、新興国はかつての同盟国(欧州の場合)、あるいはかつての植民地が多い。要は関係が深い。このような事情によって、新興国向け債権の多くを欧州の金融機関が保有していたのだが、サブプライム破綻によって、新興国に資金を出すことができなくなった。新興国は経済や産業に問題があって不況に陥ったのではない。市場も産業も、潜在的な成長力を維持しているということなのである。
したがって、第一に、新興国に資金が回るようになれば経済も回復する。そしてそのための要件は、欧州の金融機関の回復である。第二に、米国が成長しなくても、世界の成長は維持できる。世界市場における米国の相対的な位置づけが、趨勢的に・・最近は急速に低下しているためである。いわゆるデカップリングである。30年前なら、GMの経営破綻は世界経済の危機を意味していた。今は、一言でいえば「何でもない」のだ。
2.これからの世界経済:2つのキーワード
今後世界経済が回復していくとしても、その姿は「旧に復する」というものではない。それは、あらたな様相を呈し始める。その特徴を示す語は「不足」と「振幅」の2つである。
新興国の成長で食料と資源はつねに不足
不足はなぜ起きるのか。新興国の成長がこの理由である。現在の新興国の特徴は、人口が多いという点である。たとえばBRICs諸国について言えば、中国13億人、インド11億人、ロシア1.4億人、そしてブラジル1.9億人であり、合計27億人を超える。いずれも日本より多い。中国の人口増加は抑制策によって鈍化しているがインドは急増を続けており、中国を抜いて世界で最も人口の多い国になるのは時間の問題であろう。これに対して、かつての成長国・地域であるNIEs(韓国、台湾、香港、シンガポール)の人口は合計しても日本より少ない。
人口の多い新興国の経済が伸びるということは、これらの国の民力の向上、消費市場の拡大によって、資源消費が増えることを意味している。これがもたらすのは、2008年までに経験したような資源高の恒常化である。また、価格上昇が基調であれば、投機資金が投入される機会も多くなるだろう。資源価格は乱高下することになる。したがって、食料を含む資源を海外に依存する度合いの高い日本では、景況にかかわらず価格上昇が起きるし、その変動が企業収益と消費に大きな影響を与えることになる。
振幅・・経済変動は大きくなる
つぎに振幅であるが、新興国経済の基調は成長だが、同時に成長率の振幅も大きい。これは、GDPに占める消費の割合が小さいことによる。米国や日本のように、消費の割合が60〜70%に達している国では、経済は急成長はしないが全体としては大幅な落ち込みもない。同じ値が、中国は36%(2007年)、ロシア48%(同)、インド56%(2006年)、ブラジル60%(2007年)である。インド、ブラジルについては経済に占める消費の割合が高いが、これはおそらく工業化投資が少ないためである。2000年の両国の値はそれぞれ63%、64%であり、消費の割合は、投資拡大に伴い低下している。しばらくはこの傾向が続くのだとすると、これらの国の経済の振幅は今より大きくなる。輸出型の産業は、このような「振幅の拡大」に適応していかなければならないのだということである。
3.地域への影響、地域としての対応
このような変化を前提とするなら、地域経済はどうなるのか、どう適応していくべきか。
第一に、企業が収益の変動に耐えるためには自己資本の増強が必要である。手段としては企業統合もあるが、生業、同族経営の多い地方経済には向かない。それより、法人事業税率の緩和等で資本増強へ誘導するほうが現実的であろう。
第二に、地域、たとえば大分県は「日本の一部分」なので、理論的には振幅は日本以上に大きくなる可能性が高い。そして世界経済の影響を受けて日本経済の振幅が拡大するなら、大分の振幅はさらに大きくなる。であるとすると、今後の経済政策は成長や発展だけでなく「安定」を重要な目的としなければならなくなるだろう。地方の財政主権を、このような経済変動の観点から考えておく必要もあるように思われる。機動的な財政出動は、国より地方にふさわしい施策だということである。
第三に、サイズが国より小さく、振幅が大きいということは、「伸びやすい」ということでもある。もちろん、この裏側にある事実は「落ち込みやすい」である。したがって、落ち込みに対処するような安定志向の施策とあわせて、成長を構想することの意義は高い、というより、これまでになく高まっているということができるものと思われる。