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第21回(最終回) 三つの2007年問題−その7
2006年3月
武藤泰明

 M&Aに伴う買収先企業の人材流出は、買う側の企業にとって大きな悩みの一つです。とくに知識集約型の産業では、M&Aの目的の一つは相手先の企業の人材を獲得することなので、有能な人材の流出は大きな問題であるといえるでしょう。

 これを回避する手段としては

  • 買収する側の企業の基本姿勢として、相手先企業の社員やマネジメントを尊重する。またこれをメッセージとして発信する。
  • 買収後の処遇を決定する(立場が保たれることを明示する)ための一連のプログラムを実施する。
が一般的なものです。相手先(買われる側)の会社の人事部門やキーパーソン―がメッセージを発するのも有効です。

 さて、買収する側の企業に、相手先の社員を尊重する意志があるのだとすると、つぎに必要なのは、社員の能力を客観的に測定・評価するような尺度や基準です。社員の側も、評価されやすい「何か」を持つことで、自分に何ができるのか、どのようなポストや報酬が適当かを表明することができるのだといえるでしょう。いわゆるエンプロイアビリティの問題です。

 エンプロイアビリティという概念の面白いところは、そもそもはM&Aが盛んであった80年代の米国において、企業が長期雇用を保証するかわりに、他社でも通用する能力を形成するための機会を提供することを目的としていたという点です。換言すれば、「リストラするかもしれないので、そうなっても大丈夫なように能力形成を支援する」ということになるでしょう。M&Aが日常化した産業社会では、エンプロイアビリティを高めることは、個人にとって合理的な行動です。そしてエンプロイアビリティの高い人は転職する力があるため、会社がそのエンプロイアビリティに気づかなければ、能力に比べて処遇を低くすることになりがちなので、社員の離職確率は、エンプロイアビリティに比例してたかまることになるのです。

 以上から予見されるのは、これからの企業は、実は「保有能力主義」へと転換していくのではないかという点です。日本の人事制度は「年功制」→「(保有)能力主義」→「発揮能力&成果主義」へと転換してきたというのが一般的な見解ですが、この論理でいうところの(保有)能力主義は、実際には資格制度による年功制の温存を伴うものであり、能力の市場価値を測定・評価し高めることを目的とするものではありませんでした。今後重視されるであろう保有能力主義では、測定される能力はエンプロイアビリティに直結するものになるはずです。またしたがって、資格制度は年功原理ではなく、成果原理でもなく、保有能力原理で運用されることになっていくでしょう。ある意味において、資格制度は本来の姿を取り戻す、あるいは実現することになるのです。



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