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第36回:自己選択メカニズム
武藤泰明

集まってほしい人を集める

 自己選択メカニズムは経済学の用語で、製品やサービスの特性に応じて、一定の特性を持った利用者がそれを選択し集まることを指します。定義ではわかりにくいので例をあげるなら、鉄道の定期券の購入者は、その鉄道のヘビーユーザーだといえるでしょう。割引というインセンティブをつけると、ヘビーユーザーだけがそれを自分で選択します。鉄道の会社は、どこにヘビーユーザーがいるのか、探さなくてもよいということです。

 スーパーマーケットのポイントカード、あるいは航空会社のマイレージカードもこのメカニズムを利用したものと言えるでしょう。鉄道の定期券はヘビーユーザーを集めるだけで、彼らに対して情報発信をしませんが、ポイントカードやマイレージカードの場合は、利用者にハガキやeメールを送ってプロモーションをしています。定期券も携帯電話になると、同じことが可能です。

 プロサッカーの場合は、ゴール裏に熱心なファン(サポーター)が集まります。ラグビーなど、他の競技とは集まる場所が違います。サッカーでゴール裏という、見えにくい場所がサポーターのいわば指定席になっているのは、欧州などでもそうなっているからで、日本では模倣によって自己選択されているのです。

人材育成への応用

 企業の中では、福利厚生制度のカフェテリアプランが自己選択メカニズムの典型だといえるでしょう。社員のニーズの多様化につれ、選択の範囲を広げることがこの制度のそもそもの目的なのですが、導入してみると、中高年社員向けの制度を若い女性が利用したり、意外なことが起きるようです。やはり、決めつけるより選択にまかせるほうがよいのでしょう。

 人材育成にもこの自己選択メカニズムを活用することができるのではないかと思います。具体的には、たとえばレベルの高い教育研修プログラムの受講を応募制にするという方法があるでしょう。そうすれば、意欲の高い人材を集めることができます。

 いくつかの反論が予想されます。よく聞かれるのは「重要な研修には社員を指名して参加させたい」「コア人材ほど忙しくて研修に応募しない」といったものです。1つめの問題については、指名型の研修と募集型をわけることである程度解決できます。2番目については、上司が受講を勧めてもよいのですが、基本的には意志にまかせるべきでしょう。

 これまでは、自己啓発型のプログラムについては応募制にしている会社が多いように思います。しかしこれでは、自己啓発意識の高い社員が満足するだけでおわります。重要なのは、意欲の高い人材を「識別」することです。彼ら、彼女らが研修を通じて能力を形成するだけでなく、そのような人材を見出し、その研修以外の場面においても、能力形成と発揮の機会を提供していくことが重要なのです。

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