今回から連載は「衣替え」をして、人事や人的資源管理に携わっている方々にとって、ちょっと役に立ちそうな概念や用語を取り上げて解説することにしました。で、第1回はホーソン実験。産業心理学を齧ったことのある人なら、名前を聞いたことがあるかもしれません。
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名前の由来は米国ウェスタン・エレクトリック社のホーソン工場。そこで1920年代に作業能率の向上を主な関心の対象として行われたものです。
因みにウェスタン・エレクトリック社は1869(明治2)年設立。20世紀初頭にAT&Tに買収された後、その技術部門がベル研究所になって分社されているので、日本のNTTとも関わりの強い会社であるといえるでしょう。ベル研究所は現在のルーセント・テクノロジー社であり、要は100年以上にわたって電気通信のイノベーションの源であったような会社です。1899(明治32)年には日本電気(NEC)の設立に際して出資しています。
実験は、作業条件――照明、温度、湿度、休憩回数、休憩時間の長さ――をどうすれば生産性が上がるのかというものでした。またこれとあわせて面接実験(たとえば、どのような面接を行えば労働者の本当の気持ちを把握できるのか等)も実施されています。
結論は、実験を計画した人々の仮説とは違うものでした。学問的な正確さを多少犠牲にして簡単に言ってしまえば、「すべての作業条件の下で、生産性が上がった」のです。そしてその理由は、実験対象となる労働者が「自分は注目されている」という意識を持ったことでした。
「人間の生産性は、ヤル気、意識で向上する」とか「所属する組織が関心を持ってくれている、気にかけてくれていると感じれば、社員の組織貢献意識は高まる」というのは、今では当然の(とはいえ現実場面では忘れている人も多い)命題なのですが、これが劇的に明らかになったのがこのホーソン実験でした。
じゃあ、世の中の企業、経営者が、この実験結果を尊重して従業員を大事にしはじめたかというと、残念ながらそうでもない。たとえばチャップリンの映画「モダン・タイムス」が公開されたのが1936(昭和11)年。そこには、工場労働者をモニターで監視する管理者が出てきます。はるかに下って1973(昭和48)年には、GMのローズタウン(Lords town)工場で、最新鋭のオートメーション生産システムの単調さを嫌った工員がストライキをおこなっており、「ローズタウン症候群(オートメーション労働拒絶症)」という言葉も生まれました。
生産性の向上は、工場でもホワイトカラーの職場でも、企業の重要な目標です。しかしその追求の仕方を間違うと、モダンタイムスやローズタウンになってしまう。ホーソン実験に立ち返ること、その示唆を経営者やライン長に伝えることが、人材を育成・管理する人々にとって、重要な役割の一つなのです。