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地域経済の発展に向けて

第35回:人口減少社会の地域活力
武藤泰明

○貯蓄率は高いほうがよいか
 はじめに、貯蓄率について。貯蓄率は、貯蓄額÷所得(収入)である。日本は第二次大戦後貯蓄率が高く、それが企業の投資や社会資本整備(いわゆる財政投融資)の原資になった。1600兆円ともいわれる個人金融資産は、この高い貯蓄率の成果である。
 少子高齢化が進むと、貯蓄する世代が減少し、貯蓄を取り崩す、つまりお金を使う世代(高齢者)が増える。結果として貯蓄率が低下する。今の日本がそうである。
 では貯蓄率が低下するのはよくないかというとそうでもない。たとえば、年金などで年収120万円の高齢者が年間180万円を支出する場合を考える。借り入れはしていないものとする。貯蓄はマイナス60万円なので、この人の貯蓄率はマイナス50%になる。この数字だけを見ると、やはり高齢化の進展で大変なことになりそうだが、重要なのは、この高齢者が180万円を支出できる、収入を60万円超えて支出できるということは「たくわえ」があるのだという点である。つまり、収入を超えて支出ができる高齢者は幸福なのだ。結果として貯蓄率はマイナスになり、高齢者が皆幸福だと、マクロ的にも貯蓄率はマイナスが大きくなる。
 さらに言えば、高齢者が貯蓄率のマイナスを大きくする、つまり支出を増やすと消費が増え、経済規模が大きくなり、働く世代の所得が増えてこの世代の消費と貯蓄が増える。雇用も増える。いいことづくめなのである(もちろん、増え続ける日本国債を誰が買うのかという危険な問題もあるが)。
 さて、この例で説明したかったのは、高齢化と人口減少が進む社会においては、経済と社会の活力について、これまでとは違う考え方をしたほうがよいと思われることである。たとえば、上記の論理にしたがうなら、日本の高齢者がよろこぶような製品やサービスを提供することが経済の活力をもたらす。

○国の成長戦略は「後追い」である
 つぎに考えてみたいのは、国の政策は地方や産業界の政策、あるいは現実より進んでいるかどうかという点である。政策誘導というと、いかにも国が前を走っているような気がしてしまうのだが、たとえばクール・ジャパンは、アニメと秋葉原に国が後から乗ったものである。同じように、まさかこんなにたくさんの中国人観光客が日本に来るとは20年前には誰も思っていなかったはずで、結局のところ政策誘導とは「すでに成功したもの、しそうなものについて、後になって国を挙げて旗を振る」ことを意味する。トップランナーは政策とは無関係に、政策より前に存在する。

○国全体の低成長は地方の高成長で実現する
 第三は、少し小難しい表現になるが、「全体」は「部分」より変動が小さいという点である。4月下旬に公表された三菱総合研究所の長期見通しによると、日本の実質GDP成長率は2016-20年度が年平均1.1%、21-25年度が0.7%、26-30年度が0.6%となっている。何だか夢のない数字だが、これは国という「全体」についてのものであり、都道府県ないし地方という「部分」については、これより変動が大きくなる。5%成長の県もあればマイナス成長もあると考えるべきなのだろう。換言すれば、クール・ジャパンや海外からの観光客誘致は日本経済を劇的に良くすることはないが、これを市町村単位で見るなら、成功している地域や小さな地場産業は高度成長しているはずなのである。
 以上をまとめるなら「小さな経済単位で」「これまでの発想にとらわれないような」「多様でトンガった」試みが行われることが、まず地域の活力を生む。そしてその累積が国の活力になる。このような試みがうまくいけば、おそらく国は「政策誘導」したくなるに違いない。そしてこれは、成長戦略とは本質的に「地方発」なのだということを意味している。さらに言えば、国の成長戦略は「これからの成功に期待する」ものであるのに対して、地方の成長戦略とは「すでに成功した」ものであることを意味している。国の成長戦略は「通貨(円)の信認」につながるものなので、戦略がないと困るのだが、とはいえその中身、とくに有効なものはすでに地方で実現されているということだ。

○起業の重要性
 では国は、あるいは都道府県は成長のために何もしなくてよいのかと言えばそんなことはなくて、成長をサポートする政策はきわめて重要である。具体的には、開業促進策が挙げられる。米国の開業率は日本の2倍以上だが、新興企業の開業、成長、株式公開、そして雇用創出を目的としてJOBS法(Jumpstart Our Business Startups Act)を2012年に制定した。開業率の高さという自国の強みをさらに強化しようということである。株式公開という、起業のいわば「出口」を整備するのは国の仕事である。これに対して、起業を増やすことは地方の政策になり得る。県外からの出資・起業を促進する施策があってもよいだろう。さらに言えば、起業されるのは株式会社でなくてもよい。NPO法人、一般社団法人でも構わない。営利・非営利を問わず、新しいことを始めようという人々を支援することが重要なのである。

○「チームでの起業」を支援する
 では起業を促進するためには何をすればよいのか。これまでの政策が見落としているのは「複数の人々=チームによる起業」なのではないかと思う。経営学のいわば「開祖」であるドラッカーは、マネジメントはチームで行うものだと言う。一人の人間の視野や能力だけではうまくいかないということである。バングラデシュのグラミン銀行は、土地(担保)を持たない貧困者に事業資金を貸すが、借り手は5人で「互助グループ」をつくる。このグループは連帯保証するわけではなく、信頼に基づいてお互いを支援する。
 世代と経験、そして専門性の異なる人々が一緒になって小さな事業を起こす。これが活発になるかどうかが、地域の未来を決めるように思われる。10人で事業をはじめれば起業家は10人になる。これは地域の財産である。人口は減っても起業する人が増えれば、地域は長い目で見て活性化する。
 当たり前すぎてふだん忘れている重要な点は、現在存在している企業は、かつて誰かが起業したものだということである。30歳になったばかりの創業者が経営しているフェイスブック社も、何百年続いている老舗も同じである。誰かが起業し、うまくいったものが産業社会を形成している。起業のない産業社会はあり得ないのである。

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