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地域経済の発展に向けて

第1回:イノベーションは「新・結合」
武藤泰明

 経済成長の要件とされるのは、一般的に「労働力」「資本」「イノベーション」の3つです。イノベーションとカタカナで書かずに「技術革新」とするものも多いのですが、実は、この2つは同じものではありません。イノベーションは、技術に限ったことではないからです。

 この語の、いわば「元祖」であるヨーゼフ・シュムペータ(1883−1950、いわゆる「経済学の巨人」の一人です)は、代表的な著作のひとつである「経済発展の理論」の中で、イノベーションの類型として

  • 新しい財貨(つまり製品やサービス)
  • 新しい生産方法
  • 新しい販路
  • 原材料・半製品の新しい供給源
  • 新しい組織形態
を掲げています。すなわち、技術的に進んだものだけを言っているのではありません。

回転寿司もイノベーション

 また、同書では、イノベーションを「新・結合」と表現しています。これが意味するのは、イノベーションは、「技術」革新である必要がないだけでなく、新しいものである必要もないということです。すでに存在し、ひろく知られている複数のモノやサービス、あるいはアイデアを結合させて新しいものを生み出せば、それもイノベーションになるのです。

 イノベーションの、このような性質を説明するために、私がよく例としてとりあげるのが回転寿司です。回転寿司では、寿司職人(最近では寿司ロボットもあるようですが)とベルトコンベアという、古い発想では絶対に一緒になるはずのなかったものが「新・結合」しました。それだけでなく、「注文を受けてから作る」のではなく、「先に作って、いわば『陳列』する」という、今までにないビジネスモデルを生み出しています。

 このような「あり得ない組み合わせ」が、イノベーションの面白いところなのですが、似たような例はほかにもあります。たとえば、世界でもとくに効率的であるとされる日本の自動車生産方式は、メーカーの幹部が米国に行き、スーパーマーケットを見て思いついたものなのだそうです。スーパーでは自分で商品を取ってカゴに入れる。これは、当時の日本にはなかった販売形態でした。これにヒントを得て、後工程が前工程に「取りに行く」というプロセスが生まれることになるのです。

蒸気機関から鉄道までの56年

 また、イノベーションは複数のものの結合なので、たとえ新技術が一つ生まれても、それだけではイノベーションになりません。結合する相手が必要です。このため、新技術が製品になるまでに、長い時間がかかることもよくあります。

 たとえば、ジェームズ・ワットによる蒸気機関の発明は1769年でした。しかし、これですぐに鉄道が生まれたわけではありません。構内運搬用の蒸気機関「車」が実用化されたのは1804年で、発明から35年かかっています。ただし、この機関車の時速は7kmで、短い距離を往復するだけでした。

蒸気機関車が鉄道として利用されるようになったのは1825年であり、構内運搬車の21年後、ワットの発明からは56年が過ぎていました。この間に実現されたのは、「強い出力」「鋼鉄製の大量(長距離)の線路」「強い出力でも壊れない蒸気機関」であり、2,3番目については、製鉄技術の進歩が必要でした。つまり、蒸気機関車とは、ワットの発明と、製鉄技術革新との新・結合が必要で、結合が実現されるのに半世紀を要したということなのです。

 また、インターネットが考案されたのは1960年代のことです。そもそもは、米国の国防省が、災害時に利用できる電話以外の通信手段を検討したうちの一つでした。これが本格的に利用されるようになったのは、パソコンが普及した1990年代後半のことです。インターネットとコンピュータの結合に30年かかっているということです。

巨大科学技術から個人イノベーションへ

 さて、イノベーションがこのように「新しくない」「技術でなくてもよい」ものであるとすると、イノベーションについて、イメージの変更が必要です。それは、一言でいえば「誰でもできるのだ」ということです。

 20世紀は、「巨大科学技術の時代」ということができます。この「巨大」が意味するのは、新たに生まれたものが大きいということではありません。もちろん、巨大な飛行機やロケットは、20世紀の産物です。素粒子加速器、あるいは宇宙素粒子観測施設であるスーパーカミオカンデも巨大です。しかし、分子生物学、量子力学が対象としている世界はむしろきわめて微細なものです。

 では、20世紀型の科学技術のどこが巨大なのかというと、科学技術とその進歩を担っている組織がきわめて大きいという特徴があります。多くの資金と大量の人員を投下することで科学技術が成立しています。たとえば、宇宙関連の技術はこの典型でしょう。人類、というより米国は、1970年代に月面に人を送ることに成功しました。その後誰も月に行っていないのは、技術というよりコストの問題なのです。上述した素粒子加速器も同じで、建設費をいくつかの国で出し合っています。

 これに対して、科学技術の進歩の中には、人もコストもあまり必要としないものがあります。そして、20世紀末から21世紀にかけて、このようなイノベーションが増えているのです。その典型は、ITとバイオテクノロジーに関連する領域で多く見ることができます。 たとえば、現在、パソコンのオペレーティングシステム(OS)はウィンドウズ、マックOS、そしてリナックスの3つにほぼ集約されていますが、このうちリナックスは、リナス・トーバルズという個人がインターネット上に公開しているプログラムを、一種のボランティアが進化させているものです。そこには会社はなく、したがって利益を得ている人もいません。それにもかかわらず、巨大企業であるマイクロソフトが提供しているウィンドウズに対抗できるOSを供給しているのです。シュムペータはイノベーションの類型の最後に「新しい組織形態」を掲げました。株式会社も、その意味では一種のイノベーションなのですが、インターネットの普及によって、リナックスという、新しいOSと新しい組織形態が生まれているのです。

 バイオテクノロジーでは、遺伝子の暗号解読が進歩のはやい領域ですが、これもパソコンと個人のアイデアによってイノベーションが起きるという点では、リナックスと同様、巨大科学の対極にあるものの一つです。この分野では、巨大な組織も資本も、個人に対抗することができません。

 以上、説明してきたことを整理すると、経済成長の原動力の一つであるイノベーションは「技術でなくてもよく」「新しくなくてもよく」「場合によっては、もう一つの原動力である資本もあまり必要としない」ということです。ただし、古いもので良いといっても、その組み合わせが重要で、組み合わせを生み出すのが企業家精神ということになるのでしょう。そして、経済成長の3つ目の原動力である労働力は、やはり重要です。というより、イノベーションを個人が生み出す時代になっているということは、経済成長にとって、人の役割がこれまで以上に重要になっていることを意味しているのです。

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